いつからだろう……その「遊び」が始まったのは。
「これは?」
「ストラップ。携帯に付ける飾り」
「これは?」
「iPod。音楽を聴くもの」
「これは?」
「ハンバーガー屋さん」
他愛のない問答。
バクラが指を差し、僕がそれについて答える。
更にそれについて質問されることもある。
答えに詰まることもあるけど、なるべく分かり易く答えるようにしている。
困る質問は、機械がどういう仕組みなのかとか、自然現象の原因とか。
望遠鏡ってどういう構造だっけ?虹は光の屈折と反射だけどどう説明する?
中途半端な知識を総動員して答えている。
僕が上手く答えられなくてもバクラは何も言わない。
ただ終始、僕の説明に大人しく耳を傾けているだけだ。
自分としても分からないものは気になるので、後でこっそり調べている。
あいつにはバレバレなんだろうけど。
お陰で今はちょっとした雑学王だ。
昔は妹に質問攻めをされたこともあるし、僕としては学ぶことは嫌いじゃないから構わない。
だけど、疑問に思う。
なんで僕にわざわざ聞くんだろう。
褒めてるわけじゃないんだけど、バクラは理解が早いというか……教えなくても問題ない気がする。
ゲームのルールを見てるだけで自分のものに出来るんだから、僕の下手な説明を聞かなくても分かるんじゃないかな。
それにそれ程必要な知識とも、バクラが興味を示すとも思えない事が多々ある。
現に僕でも日常生活で気にならなかった事を聞かれて驚いたくらいだ。
それでもバクラは僕に飽きずに聞くんだ。
何かゲームのつもりなんだろうか。
僕はそう納得することにした。
バクラが表情を少なく聞いているのが気になったけど。
学校の帰り道、僕は友人たちと別れて真っ直ぐに自宅に向かっていた。
だいぶ風は冷たくなってきたけど、陽が射しているので暖かい。
思わず寄り道したくなるような陽気だ。
その時、僕は気づいてしまった。
バクラが空を眺めていることに。
何の感慨もなくぼうっと空を見上げている。
見てはならないものを見てしまったようで気まずい。
いわゆる油断してる状態ってやつだと思うんだけど、バクラのこんな姿見たことなかったから。
ひえーっと口から漏れ出そうになるのをなんとか飲み込む。
見なかったことにしよう。平常心で。
なんて頭の中で格闘しているうちにバクラと目が合ってしまった。
え……っと……。
「そ、空がなんで青いか知ってる?」
何言ってんだろう僕。
苦し紛れにもほどがある。聞かれてもいないのに。
バクラは無表情に僕の顔を見つめ、
「知らねえ」
あっさりと首を振った。
馬鹿にされないで良かった。
ほっと胸を撫で下ろす。
「で?」
意外にもバクラの口から続きを促す言葉が飛び出した。
続けても良いんだろうか?
戸惑って黙っていても、バクラは僕から目を離さない。
僕はそんなバクラに応えるために口を開いた。
「地球は分厚い空気で覆われてるんだけど、それは太陽の光も跳ね返すの。
光には色んな色が詰まって、その中で青が一番空中でぶつかって散らばってる色なんだよ」
………………。
無言で見つめ合う僕たち。
何かリアクションが欲しいんだけど。
固まる僕を物ともせず、バクラはしばらくしてから、
「ふーん」
とだけ相槌を返した。
そして再び空を見上げる。
要らないお世話だったかな。
一人で空回りしたみたいで気落ちしてしまう。
「そんなの考えたこともなかった」
独り言を言うようにバクラが呟いた。
「今までそんなの」
バクラの横顔が何故だか寂しそうに見えてしまった。
なんでだろう。
ただ空を見ているだけなのに。
普段だったら絶対に踏み入れない。
「今までっていつから?」
でも、今日は触れたくなってしまった。
関係ないと言われてしまうだろうか。
バクラはしばらく黙っていた。
冷たい風が僕たちの間を吹き抜ける。
何か言葉をかけようと僕が口を開く前に、バクラが視線だけ僕に向けた。
「ずっと、大昔」
それっきりでまた視線は空に戻ってしまう。
素っ気ない言葉だったけど、答えが返ってきたことに驚いた。
そして、それは偽りのない言葉だと思う。
バクラの声には混じり気がなかった。
それは真実の響きだ。
不思議なことに、僕は初めて彼は人間なんだと思った。
何かを思い空を見上げる彼に、どうしようもなく人間らしさを感じた。
僕も並んで空を見上げる。
昔も今も変わらない青い空。
「僕もね、そんなこと考えたことなかったよ」
僕がそう言うと、バクラは微かに目を細めた。
今ここにいる彼は紛れもない一個の人間だった。
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バクラにも休息が欲しいと思う今日この頃です。