ばかうけ

無限の如く広がる迷宮。
延々と均一の幅の道が均一の高さの壁によって枝分かれし、入り組んでいる。
どちらが前でどちらが後ろなのか、とっくのとうに分からなくなった。
一体どれだけの時間が流れたのだろうか。
「ちっ!何処にいるんだよ!」
バクラは焦り交じりの声でがなった。
目指すはただ一つ。
出口など無意味だ。
胸の鼓動が痛いくらいに警報を発している。
早く見つけなくては。

発端は数時間前に遡る。

人の心は波のようだ。
簡単なことで左右され、浮き沈みする。
獏良もまた、たった一本の電話で心を掻き乱されることになった。
天音の命日に一度戻ってこいという母親からの誘い。
腫物に触るような物言いが、その奥に潜む恐れが、やるせなかった。
もう居場所のない場所、欠けた己の半身。
心の中で激しい渦が巻く一方、ぎこちない親子の会話が滑稽だと、獏良は心の底で笑った。
獏良の変化を敏感に感じ取ったバクラは、背を流れる冷たいものを感じた。

何処かが壊れた。

不安定ながらも、なんとかバランスを保っていた精神が。
自嘲とも取れる笑みを浮かべ、
「もう元には戻らない……。僕も……母さんたちも……」
「?!」
どんっ
バクラが口を挟む間もなく、強い力によって"外"へ引きずり出された。
「強制交代だとっ?!」
今はバクラの意思で獏良の身体を自在に動かすことができる。
だが、いつもそこに在る獏良の心は感じられなかった。
「おいっ!宿主?」
閉じこもってしまったのだ、心の部屋の中に。
「ちっ」

抉じ開けた獏良の部屋の中には無限の迷路が広がっていた。

「こんなものを作るなんて、さすが宿主サマだな」
どこをどう歩いているのか見当もつかなかった。
実際の迷路ならともかく、心が作り出したものとなると話はややこしくなる。
右手法左手法も目印も通用しない。
ここは自在に変化、増減できるのだから。
要は何処かにいる獏良を見つければいいのだ。
獏良を見つけて、この迷路を消させればいいと、バクラは単純に思っていた。
しかし――。
「また行き止まりかよ」
何度目の行き止まりかなんて、とっくに分からなくなっていた。
別の道を探すかと踵を返そうとしたとき、目の前で影が揺らめいた。

教室で孤立した獏良。
やっていないと、下唇を噛み締め、必死に耐えている姿が映し出された。

「ご丁寧なことで」
バクラが腕を振ると、その映像は掻き消された。
こうして迷路の歪みに、何度となく獏良の心の断片が現れた。
獏良があの一連の事件でどれだけ心に傷を負ったのかなんて分かっている。
分かってはいるが、こうして見せつけられると無言で責められているようだ。
「どうしろっていうんだよ」
いつもニコニコと笑っていた獏良の傷は深い。
「オレ様の方が喰われちまうぜ」

心の部屋は実に素直だ。
忠実に獏良が望む形になる。
もし、これが侵入者を拒んだ結果の姿ではなく、侵入者をバクラを永遠に閉じ込めるためのものだったら……。

薄ら寒いその思考を頭から締め出し、バクラは再び歩み始めた。
「見つけたら、はっ倒してやる」
普段見せないほど動揺していた獏良。
今彼は怒っているのだろうか、泣いているのだろうか、それとも……。

「またかよ」
目の前に映し出されるのは、必死に抵抗する獏良の姿。
「出ていってくれ!僕の中から」

こんなところに長くいたら、間違いなく気が狂う。
この記憶が獏良のものなのか、それともバクラのものなのか、境目が曖昧になってきた。
「そんなにオレ様のことが気に喰わないのかよっ」
バクラは壁を力任せに殴り、唸る。

どれくらい彼の顔を見ていないのだろう。
顔に、髪に、触れていないのだろう。
睨まれてもいいから、あの瞳に自分の姿を映してやりたい。

「ふざけんじゃねぇ!言いたいことがあるなら、ハッキリ言え!出てこいよ、了ッ!!」
返答は無い。
ただ、泣いているのなら、嫌がっても抱きしめてやろうと思った。
獏良の居場所はバクラ以外全て奪われているのだから。

"居場所"

「まさか」
何の根拠も無い思いつきだったが、パズルが上手く組み合ったときの、あのピタリと嵌る感覚がした。
そこへ向かって、バクラは駆け出した。
不思議なもので、目的地が決まった途端、あれだけ枝分かれしていた道に迷うことなく進めた。
バクラは迷路の「入口」を飛び出し、更に「向かい側」にある扉を蹴破った。
勢い良く扉が開く。
その向こうにある、見慣れた部屋の中にぺたんと地べたに座り込んだ獏良の姿があった。

「やっと見つけたぞ、宿主」

たかだか数時間ぶりだったが、何年も離れていたような気分だった。
獏良は真っ赤に腫らした瞳をバクラに向け、開口一番、
「なにやってたんだ。遅いよ、バカ」
「なっ」
身も蓋も無い言い草だった。
こっちは何時間も必死に駆けずり回って、やっと見つけたというのに。
「てめぇ、よくもそんなコト……」
「バカバカバカバカバカ」
息も継がぬように、「バカ」を連発するその声は、うっすらと掠れている。
バクラが来るまで泣いていた証拠だ。
「僕がいられる場所なんて、お前のところくらいしかないんだよッ……」
誰よりも自分自身よりもバクラを選んだのに、何故もっと早く気づいてやれなかったのか。
バクラが獏良を必要としているように、獏良もバクラを必要としていたのだ。
「すまねぇなぁ」
謝罪の言葉なんていつぶりだろう。
こんなに小さくなって、幼い子供のように泣きじゃくる獏良のためなら、謝ってやってもいいと思った。
上品とは言えない格好で腰を下ろし、ぽんと獏良の頭に手を置いてやった。
宿主の泣き顔なんて、滅多に見られるものではない。
じろじろと見たい衝動にかられたが、そんなことをすれば、張り手をくらうことは分かっていたので止めた。
「……抱きしめろよ」
少々癪だったが、獏良に言われるがままに手を背中に回した。
「心配しなくてもよぉ、オレ様はいつでもここにいるぜ」
「もっと」
ぎゅっと腕に力を入れる。
「知ってんだろ。なあ、宿主?」
「強く」
「てめぇが嫌がったって、オレ様は離さねぇよ」

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一生懸命に宿主様が好きなバクラさんが書きたくて。

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