ばかうけ

この話は映画「THE DARK SIDE OF DIMENSIONS」のネタバレ話になります。
映画を未視聴の方、雰囲気を壊したくない方はお手数ですがブラウザバックでお戻り下さい。


――あの日、僕の心は空に投げ出された。

その日は獏良にとって厄日だった。
新しく出来た友人――藍神といった――と遊べることになり、家を出たところまでは良かった。
藍神は遊戯の家を知らなかったので、方向が同じ城之内と共に待ち合わせをしたのだ。
それが不幸の始まり。
最初は仲良く話していたというのに、突然藍神が獏良に向けて敵意を向けて来た。
そこからは頭が割れるように痛くなってしまい、ほとんど記憶がない。
城之内から何か声を掛けられていたことが薄らと残っている程度。
そして、藍神の口から紡がれる過去の記憶。
エジプトでの「事故」の真実。
父親のことが気になって付いて行ったことは、しっかりと記憶していた。
後のことは、幼い子供の記憶として曖昧になっていたのだ。
ただ、父親の様子がおかしくて――仕事で行った海外の話をしてくれたり、遊びに連れて行ってくれたり、獏良にとって優しくも尊敬出来る父親だった――とても怖かったという感覚しか覚えていない。
どうやっても思い出せないのだ。
藍神の口から語られたことはまるで他人事のようだった。
でも、真実なのだ。彼の言葉はこんなに胸に突き刺さってくるのだから。
自然と涙が溢れてくる。
「……ごめんなさい。僕は君たちに取り返しがつかないことをしてしまったんだね」
覚えていなくとも、この手は顔も知らない誰かの血で染まっているのだ。
そして、それに苦しんでいる者が目の前にいる。
あの時、父親に付いていかなければ。大人しく待っていれば。
ポロポロと涙を流す獏良に藍神は狼狽した。
てっきり、本性を現して攻撃をしてくるものだと思っていたのだ。
いつでも応戦出来るよう身構えていた。
しかし、目の前にいる少年はシャーディの仇ではなく、無力な一人の少年なのだ。
決意をしてやって来た藍神だったが、何も出来ない少年に危害を加えられるほど冷酷に成りきれていなかった。
短絡的に襲ってきた方がどんなに楽だったか。

――何がどうなっているの……。

様々なショックがない交ぜになり思考が定まらない。
千年リング――。

――あれが、原因なんだ。

獏良も藍神も二の句が告げない。
その不意をつくように唐突にもう一人の男が現れた。
藍神は自分たちの仲間であるマニだとすぐに分かったが、獏良にとっては見覚えない男だ。
状況が飲み込めないまま乱暴に胸ぐらを掴んで持ち上げられた。
抵抗する力は殆ど残っていない。
息苦しさのあまりにか弱く呻き声を上げるだけだ。
遠くで藍神の制止する声が聞こえた。

――藍神くん、こんな僕を庇ってくれるんだ……。

霞む視界の中で、金色の光を見た。

――千……年……リング。

その男の手の中で千年リングが懐かしくも怪しい光を放っていた。
それならば、千年リングの邪悪な意思によって男は操られていることになる。

――でも、この人は……。

獏良がそれに気づいた瞬間、千年リングから放たれた光に身体を貫かれていた。

「う……」
まだ痛む頭を振り、獏良が目を覚ました。
ゆっくりを目を開けるとそこは――。
暗闇だった。
「……え?」
目を開けたはずなのに何も見えない。先程までは並木通りにいたはずなのに。
慌てて周りを見回すが、どこも同じ真っ暗闇だ。
「うそ……」
手を顔の前で振ってみるが、目の前にあるはずの手のひらも見えない。
ごくりと唾を飲み込む。
落ち着け、こんなことは前にもあったじゃないかと、自分に言い聞かせる。
「城之内くん?」
城之内が次元の彼方に飛ばされたことに獏良は気づいていなかった。
「城之内くーん!」
どこを向けばいいのか、そもそもどこを向いているのかさえ分からない。
前だと思う方向へ力いっぱい呼びかける。
声は返って来ない。
「藍神くん!」
闇の中に声は吸い込まれていった。
自分が口を閉じると、音が全くしない空間だということが分かる。
歩き回っても大丈夫だろうか。
一歩先に障害物でもあったとしたら……。
口の中が渇く。
こうやっていても誰かが助けに来るという保証はない。保証はないが……。
冷や汗が獏良の頬を伝う。
聞いたことがある。視覚も聴覚も奪われた空間に居続けると精神状態がおかしくなると。
暖かいのか寒いのかさえ分からない。これでは時間の流れも分からない。
幸いに身体は動く。

――大丈夫。

自分に言い聞かせる。
これまで様々な危機を乗り越えてきたんだ。
普通とはいえない体験を経て、獏良は少し強くなったのだ。
何もしないよりした方が良い。
ぐっとお腹に力を入れて足を一歩前に踏み入れた。
もう片方の足をさらに前へ出そうとした時、後方へ強い力で引っ張られた。
獏良の左手首を何かが掴んでいる。
「わっ!」
身体のバランスを崩しそうになるが、寸前に踏み止まった。
しかし、何かの力は弱まる気配もなく引っ張り続ける。
こちらに来いというのか、あちらに行くなというのか。
身を任せるべきか、逃げるべきか。
獏良はその場で止まった。
左手首には仄かに暖かい感触が伝わってくる。
気温も分からない中でそこだけが暖かい。
暗闇の中で自分の存在がここにあるということが実感出来た。
獏良は一か八か何者かの意思に身を委ねることにした。
引っ張られる方へ身体を反転させる。
掴む力は弱まったが、ゆっくりと獏良を導いた。
相変わらず前は見えないが、導かれるままに獏良は歩きだした。
獏良は歩きながらこの空間に来る前のことを思い出す。
最後にある記憶は見知らぬ男に掴みかかられたことだ。
その男は持っていた。
恐ろしくも懐かしい千年リングを。
昔の「事故」は千年リングのせいだった。
全ては終わったと思っていたのに、またあの呪われたアイテムを見ることになるとは。

――まさか、またアイツのせいなの?

チクリと胸が痛む。
あの男もかつての獏良と同じように操られていたのだろうか。
でも、あの男は「空っぽ」だったと思う。
何が、とは言えない。
それでも獏良には違和感があった。

――もう二度と見ることなんてないと思っていたのに。

遊戯たちがファラオの名前を探している間に何が起こったか後から知った。
もう、千年リングに操られることはない。
その結果だけが獏良に残された。
それからはなるべく前向きに生きてきたつもりだ。
優しい友人たちもいる。
まさか、過去と共にあのような形で戻ってくるとは。

――今度は振り回されない。大丈夫。

ぎゅっと手を握り締める。
それにしても、どこまで行けばいいのだろうか。
同じと思われる方向へ引っ張り続けられている。
獏良は捕まれている左手首に目を落とした。
「あっ……」
なぜか、今度はぼんやりと自分の腕が見えた。
驚いて自由な方の右手を顔に近づけた。
やはり、ぼんやりと獏良の目に映る。
相変わらず、辺りは真っ暗闇なのに変わりはない。
なぜ急に自分の姿が見えるようになったのだろうか。
手首を掴むものの正体はいまだに見えないというのに。
それが目の前にいるのかさえも知覚できない。
しかし、危険に晒されているわけではないので、悪い方に導かれているということはなさそうだった。
獏良は相変わらず、手首にぬくもりを感じていた。
これはむしろ――。

「助けてくれてるの?」

獏良が声を出した途端、周囲の暗闇が揺らいだ。
うっすらと光が射したように、薄ぼんやりと周囲が見えるようになった。
それと共に導き手の姿も露わになった。
今までは気配すら感じさせなかったが、今では背を向けて目の前にいることが分かる。
認識した瞬間に獏良の心臓が跳ねた。

――うそ……。

獏良の心が分かったかのように導き手が振り向いた。
記憶にある荒々しい表情ではなく、心なしか柔らかだ。
真っ直ぐな瞳で獏良を見つめていたのは――。

「バクラ!」

――かつての半身だった。
獏良は呆然とその姿を見つめる。
様々な疑問と感情が獏良の中を駆け巡った。
それゆえに言葉を失う。
バクラは掴んでいた獏良の腕を放した。
「お前は運が良い」
獏良の動揺とは対照的に平然とバクラが口を開いた。
「本来ならば異次元の彼方に飛ばされ、自身の存在を知覚出来なくなり、粒子にまで分解されるところだった。
狭間で留まることが出来たのは、次元操作者のコントロールが甘かったか……それとも、さすがは千年アイテムの所持者といったところか……。
いずれにせよ、この次元空間でオレ様の意識とチャンネルが合ったのは幸運だったな」
そこまで話したところで、獏良が呆けたままであることに気づいた。
「おい」
バクラは獏良の顔を覗き込むように近づけた。
「宿主?」
呼び掛けにようやく獏良の金縛りが解ける。
「な、なんでお前が……」
その言葉にバクラは眉をしかめた。
「説明すんのかァ?」
あ、懐かしいと、獏良は少し自分の気が緩むのを感じた。
「何があったか知らねえが、宿主がいた次元とは異なる次元に飛ばされたのさ。もう少しで消えるところだったんだぜ」
思い返してみれば、藍神に詰め寄られている時に既に周囲の様子がおかしかった気がした。
「じゃ、じゃあ藍神くんが?でも、ここに飛ばされたのは千年リングのせいだと思うけど……」
「藍神、とかいうヤツは知らねえが、こんなことを出来るのは千年アイテムにまつわるヤツに違いねえな」
バクラは顎を撫でて思考をする仕草をした。
おかしいと獏良は思った。
もしかしたら、バクラのせいかと思っていたが、目の前のバクラはどこか他人事のようだ。
藍神も知らないらしい。
「お前じゃなかったの?あの千年リングを持った人を操っていたのは」
その問いかけにバクラは唸った。目付きが鋭くなり、今にも噛みつかんばかりだ。
「はぁッ?またクソみてえなヤツが千年アイテムをどうにかしようとしてたんじゃないよな?!」
その迫力に獏良は思わず後ずさる。
「知らないよ。よく覚えてないけど、その人は悪用しようとしてたんじゃないみたいだった」
獏良がマニを「空っぽ」だと思ったのは気のせいではなかった。
実際にバクラはそこにいなかったのだ。
「……本当にお前じゃないんだ。てっきり僕は……」
バクラの言動から察するに今回の件については何も知らないようだった。千年リングについてでさえも。
「ファラオの記憶内でのことは、どうせ遊戯から聞いてるんだろう」
「大まかなことは」
当時のことを思いだし、獏良は目を伏せた。
目が覚めて父親がオーナーをしている美術館にいた時は酷く混乱した。
千年リングはその時にはもう空っぽだった。
「オレはファラオとの闘いに負けた。その時点でお前らの言う『この世』にいられなくなった。お前らのいる次元には介入は出来ねえ。そんで、あのファラオは遊戯に負けたんだろ」
獏良は小さく頷いた。
あの時のことは覚えている。
壮絶なデュエルの末、勝利の軍配は遊戯に上がった。
獏良はあの場にいられて良かったと思う。
そうでなければ、過去を完全に吹っ切れていなかっただろう。
「クハッ……。あのファラオが負けるところは見たかったなァ。完膚なきまでに叩き潰されたんだろうよ。ざまあみろ」
笑い声を漏らしながらバクラは腹を抱えた。
「それでヤツは冥界へと還っていったんだろ」
「うん」
バクラの目は獏良の方を見ながらも何処か遠くを見ていた。
獏良にはバクラがアテムに対してどういう感情を抱いているのか分からない。
そこには逆立ちしても入れないことは自覚している。 だから後は黙って見つめていた。
「それはオレ様と同様にお前らのいる次元と関わりを待てないということだ。もう千年アイテムを介してもな」
「それはなんとなく分かるよ」
死者は蘇らない。
遊戯がアテムに最後に伝えたメッセージだ。
獏良もそれを胸に刻んでいた。
「じゃあなんでお前はここにいるの」
「オレがここにいるというより、お前がここにいる方が問題だな。宿主、お前、次元に介入できるヤツと会ったな?」
「あっ……」
獏良の脳裏に藍神の姿が浮かぶ。
正確には藍神に関わるもう一人の男によるものだったが。
「藍神くんっていうクラスメイトが……。不思議な箱を持っていたよ。何故かは分からないけど、僕は千年リングに似てるなって思ったんだ」
そして、その藍神から憎悪の念を向けられたことも思い出す。
あの時は必死だったが、今さらになって肩を落とした。

――仲良くなれると思ったのに。

バクラは眉間に皺を寄せた。
「心当たりがある。藍神ってヤツは知らねえが、あの邪魔なクソ墓守の臭いがするぜ。十中八九、ヤツの息のかかった連中の仕業だろう」
忌々しげにバクラは吐き捨てた。
獏良にはその人物が誰かは分からない。藍神とその人物との間に何があるのかも。
「藍神くん怒ってた。大切な人を僕に殺されたって。お前がやったんだろう?僕の手で。僕の手が殺したんだ」
獏良の身体が震える。取り返しのつかない事をしてしまったという罪悪感と恐怖が獏良に襲ってきた。
目頭が熱い。
泣いて済む問題じゃないと分かっていても涙が流れ出てしまう。
「どう償えばいいんだよ!」
バクラを見据えたまま思わず声を上げた。
興奮して熱くなった身体とは対照的に指先が冷える。
冷えるというよりも、感覚が無くなっていくようだった。
右手に目線を落とすと、獏良は息を呑んだ。
指先から塵のような物質が舞っていた。
塵となっているのがその指先だと気づいたのはその一拍子後だ。
両手を顔の前に掲げてみると、徐々に指が消えていくのが分かる。
「あ、あああ」
獏良の顔が恐怖に歪む。
「宿主!」
バクラが強い力で獏良の両手を掴んだ。
「落ち着け。しっかりしろ」
体温が失われつつあった獏良の両手が包まれて暖かくなる。
もう無くなってしまったと思っていた指先まで暖かく感じる。
獏良はゆっくりとバクラの手を握り返した。
すると、塵と化した部分が再び現れた。
「ここでは自分をしっかり保て。でないと、消えちまうぞ」
「う、うん」
手を握られていると、自分の存在が保たれているような気がする。
ここにいるという実感が湧くのだ。

――もしかしたら、あのまま一人でいたら不安に押し潰されて消えてしまったのかも。

今更ながら身震いした。
「あの時、あいつを殺したのはこのオレ様だ。間違えんなよ」
「うん、でも……」
「殺したの殺されたのはお前らには関係ない大昔の因縁の話だ。分かるな?お前が止めようが止めまいが結果は変わらなかった」
バクラは自分の行いを振り返らないし謝らない。
獏良にはそれがかえって誠実に感じた。
もちろん同意は出来ないが。
「藍神くんと友達になれるかなあ」
ようやく獏良は口元を緩めた。
その様子を見てバクラは両手を離した。
そして、大袈裟に深く溜息をついた。
「全く余計なことに巻き込まれてんじゃねえよ。どうせその無警戒さでヘラヘラしてたんだろう」
人差し指で獏良の額を小突く。

――あン時、ガキ共の息の根を止めておけば良かったな。

などと物騒なことを心の中で呟いた。
今後の為と思って幼い獏良からあの夜の前後の記憶を消したのもバクラだったが、後になってこんな事態になろうとはさすがに思わなかった。
獏良は小突かれた額を両手で押さえた。
「うう……。僕はここから出られるの?」
相変わらずこの空間には何もない。どこを見ても先に終わりはなかった。
「お前らの世界で何が起こってるかは知らねえが、その内に出られると思うぜ」
「城之内くんももしかしたら僕みたいな目に遭ってるかも……」
「あいつもかよ。ったくなにやってンだお前ら」
しゅんと獏良が肩を落とす。
「まあ、あいつも心配いらねえだろ」
見て来たかのようにバクラが断言する。
「なんでそう言い切れるのさ」
「さあね」
思わせぶりな言い方だったが、こういう時のバクラは何を聞いても答えてくれないのは過去の経験から分かりきっていた。
だから、このことはこれ以上聞いても無駄だ。
「質問に戻るけど、お前はなんでここにいたの」
「たまたまさ。多次元って分かるか?」
バクラはこの世界には違う次元がいくつもあることを獏良に説明した。
その概念を理解することは難しい。
「うーん、オカルトで聞いたような話だね」
「シャーディはそれを使って目的を果たしそうとしてたようだが……。つまりはお前たちがいる世界が全てじゃないってことだ」
普通なら他の次元とは平行線にあって永遠に交わらない。
「王様のいる冥界とやらもその内の一つさ」
「ふーん、じゃあ僕がバクラのいる次元に飛ばされたってこと?」
その問いにはバクラは答えない。
静かに黙って獏良を見つめているだけだった。
初めの内はその意味するところは分からなかった。
次第に獏良は目を見開き、顔に驚きと動揺の色が浮かんだ。
「そっかそうだよね……」
ぎゅっと胸が詰まる。
あの時に分かってはいたはずだった。

――彼はもうどこにもいない。

アテムは冥界に還っていったが、バクラは……。
「王様にしろオレ様にしろ、お前らの世界にいない時点でいねーってことになるんだから、あんま難しいこと考えんな」
ニヤリとバクラは笑って見せた。
「すげー低い確率で宿主様の元に引き寄せられたんだ。切っても切れない縁ってヤツよ」
バクラはたまたまという言葉で表現したが、バクラに縁がある獏良がバクラを引き当てたのだからもはや必然といってもいい。
宿主であった獏良が無我夢中で助けを求めた結果こうなったのだ。
表には出さないが、バクラの心は満ち足りていた。
「なにそれ、イヤな縁」
獏良は困ったような笑みを浮かべた。
「さて、ここでは何にもする事がねえんだ。退屈させてくれんなよ」
「そうだね。じゃあ話をしようか。お前がいなくなってからの話を」


それから、獏良は様々なことをバクラに話して聞かせた。
エジプトへ行ったこと、闘いの儀のこと、もうすぐ卒業すること。
バクラはただそれを聞いていた。
かつてと変わらず、自身のことは話さない。
目を細めて聞いているだけだった。
獏良の話だけで何があったか手に取るように分かった。
「――いつか遊戯くんの作ったゲームに、僕の作った模型とかフィギュアを使ってもらえたらなあ」
それぞれの夢の話をし終えたところで一区切りついた。
「出来るだろ。なんたってお前はこのオレ様お墨付きのウデを持ってるんだぜ」
言って楽しげに笑うバクラ。
「もー!あれは大変だったんだからね!」
あの後、獏良の作ったエジプトのジオラマは父親が気に入ってしまい、一時的に資料の一部として展示に使われた。
獏良の目線は未来へと向いている。
バクラは獏良の未来を見ることはないが、今までの話から想像することは出来た。
きっと眩しくて直視出来ないほどの明るい未来なのだろう。
「……本当はさ、もっと色々言いたいことがあったんだよ」
聞きたいこともあったし、文句の一つも言いたかった。
しかし、いざ本人を目の前にしたら……。
「もう、どうでもよくなっちゃった」
照れ臭そうに頬を掻きながら獏良がはにかむ。
「お前は何か僕に言いたいこととかないの?」
「とは言ってもなァ……」
獏良にはどれくらい経ったか分からなかったが、随分と話した気がする。
あと、どれくらいこうしていられるか検討もつかない。
今ここでバクラの言葉を聞きたかった。
この機を逃したらもう……。
獏良はじっと真っ直ぐな瞳で見つめるが、バクラの口は開かない。
「おいおい、そんなに熱い視線を送るんじゃねえよ」
それどころか、ニヤリと笑って冷やかした。
「僕は真剣なんだよ。このままじゃ……」
言い返し終わらない内にバクラが手で制した。
打って変わって突き放したように真顔になる。
「この期に及んで千年アイテムにちょっかい出すヤツがいたんだろうが、簡単には思う通りにいかないだろうよ。
最後には王の器が食い止めることになるだろう。そうすれば、お前はここから出られる。もうじき、な」
「だから、その前に!」
思わず獏良は身を乗り出した。
そんな様子にバクラは眉尻を下げて口元に薄く笑みを作った。
瞳にはいつもの好戦的な色は失われていた。

――ずるい。いまさらそんな顔されたって……。そんな顔されたら何も言えなくなっちゃうじゃないか。

「なあ、宿主の話をもっと聞かせろよ」
「……うん」

二人はどちらからともなくその場に座り、話を再開した。
城之内がいまだに町内デュエル大会に優勝出来ていないことや遊戯が卒業生代表に選ばれたくだりではバクラはけらけらと笑って見せた。
最近、卒業を目の前にして周りの女子が騒がしいことを話した時には眉をしかめて何か言いたげだった。
自分の何気ない話に一喜一憂しているようで、獏良はささやかな喜びを感じた。
大半は何の変鉄もない日常の話であるはずなのに。
藍神の話からすると、随分長い間に獏良の中にバクラがいたことになる。
おかしな事件が身の回りで起こるようになってからは自覚があるが、それほど前からとは思っていなかった。
バクラがその時どういう感情を持っていたのか想像も出来ない。

――ずっと側にいたんだなあ。

会話をしたのはその内のほんの一時だ。
それでもこうやって膝を突き合わせて話したことなどない。
獏良は一字一句丁寧にバクラに言葉を伝えようと心掛けた。
「よく飽きないね」
「飽きねえなァ」
半ば飽きれ気味に獏良がぼやいた。
ずっと喋っているのはこちらなのだ。
バクラは胡坐をかいた姿勢のままゆらゆら揺れていた。
まるで物語を読み聞かせてもらっている子供みたいだと獏良は思った。

――バクラが望むならいいけど。

息を吸って次の言葉を紡ぎ出す前に、
「時間だな」
唐突に終わりの鐘が鳴った。
「え?」
地面から仄かな光が現れた。優しく暖かい光が獏良だけを包む。
「言った通りだ。遊戯のヤツが上手くやったようだな」
突然のことに面を食らって獏良は固まった。
「良かったな。帰れるぜ」
獏良には構わずに平然とバクラが言ってのけた。
段々と光は強まっていく。
「ぼ、僕は……」
何か言わなきゃと思っても言葉が出てこない。
複雑な自分の気持ちをどう表わしたら良いか咄嗟に出て来ない。
焦るとますます言葉に詰まる。
「宿主」
バクラは落ち着いた声を投げ掛けた。
「千年リングの所持者だったお前なら何も恐れる必要はない」
バクラの顔に浮かんだのは曇りのない笑みだった。
「もうオレ様みたいな悪いヤツに引っかかんなよ」
「うん」
「夜更かしはほどほどにな」
「うん」
「さよならの時間だ」
獏良の目にじわりと涙が浮かぶ。
バクラの声は聞いたことのないほど温かい。

――なんでいま、そんな優しい声で言うの。

光に包まれて獏良の身体はもう既に消えかかっている。
たまらず、腕をバクラに伸ばした。

「バクラッ!」

手を伸ばしても、どんどんとバクラが離れていくようだ。
自分たちの次元へと戻りかけているのだ。
どうしても届かない。

「宿主」

バクラの方から手が伸びた。
指の先が優しく触れ合い絡む。
バクラの姿が視界から消えようとしている。
視界の全てが薄まっていく。
「いつもお前の側に」
意識を失う瞬間に遠くからバクラの声が聞こえた。

――さようなら、バクラ。

騒めきが聞こえる。
大勢の人々が上げる歓声だ。
それを縫って力強い声が獏良の名前が呼ばれた。
「獏良!しっかりしろ!」
「うう……」
目を開けると大勢の人と城之内の姿が目に入った。

――戻ってきたんだ。

まだ少し眩暈がするが、身体に異常はないようだ。
大きなステージの上には遊戯が立っていて、獏良に呼び掛けている。

――バクラの言った通りだ。

城之内の手を借りて立ち上がることが出来た。
ここは海馬がわざわざ大会のために作ったスタジアムらしいことや遊戯が藍神に勝ったことなど、軽く城之内が教えてくれた。
休憩所に行くことを薦められたが、ここにいることを望んだ。
「そっか、気分が悪くなったらいつでも言えよ」
そう城之内は言ってにかっと笑った。
それから、ステージでは激しいデュエルが繰り広げられた。
再び組み上げられた千年パズルは無反応で海馬は驚きを隠せないようだったが、獏良も城之内たちも分かっていただろう。
一番それを理解している遊戯が、
「彼はもうここにはいない」
海馬に思いの丈を伝えた。
静まり返るスタジアム。

――そうだよね。

その空気を打ち破るように千年リングを身につけた藍神が現れた。
遊戯と海馬はデュエルを中断して藍神に挑む。

――遊戯くん、海馬くん、千年リングをどうか打ち破って……!

獏良は再び意識を失いながらも強く祈った。

勝利は二人の遊戯によってもたらされた。
遊戯とアテムは再び出会えたのだ。
全て終わった時には遊戯は晴れやかな顔を浮かべていた。
闇が晴れて真っ青になった空を見上げて、
「ありがとう」
と獏良は誰にも聞こえないように呟いた。


バクラは獏良がいた場所を見つめ続けていた。
獏良が去った後、再び空間は暗闇へと戻っていた。
あの宿主に心配もいらないだろう。
ふっとバクラの口元に笑みが浮かぶ。
背中に気配を感じ、振り返らないままバクラが声を掛けた。
「奇遇だねえ。こんなところにわざわざご出張とは、いいご身分で」
皮肉めいた言葉に背後の人物は動じない。
「こっちは気にする必要ねえから、とっとと自分の巣に帰りな王様」
言葉を発することはなかったが、バクラの言葉を受け、金色の気配は跡形もなく消えた。
自分のいるべき場所――玉座に戻っていったのだろう。
「まったく、アイツも心配性だなァ」
腕を組み、バクラは笑いだした。
足元から徐々にバクラの身体が消えていく。
「ヒャハハハハハハ」
完全に身体が闇へ融けた後もバクラの高笑いは響いていた。

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ここでいらないかもしれない考察や補足説明を。

バクラもゾークもあの戦いで完全に消滅している。あの話はあれで完結していると思うので。
千年リングに残っているのは邪念とか邪気とかそういうもの。
マニも藍神も邪気に当てられて負の感情が増幅されたような状態。
と、私は考えています。

そこに、
バクラは消えたけど、いなくもない存在になった。→別の作品の言葉を借りれば、「どこにもいないし、どこにでもいる」存在になってたらなー。認識すればいるみたいな。
次元が色々あるみたいだし、海馬もオベリスクを召喚したくらいだし、二人が会えなくもないのでは。
などなどの妄想が入っています。

もう少し、バク獏の世界は広げそうだなあと映画見て思いました。

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