「なあ、いい加減機嫌直せよ宿主ィ」
「ヤダッ!」
頬を膨らませた獏良にバクラが顔色を窺うという珍しい光景が繰り広げられていた。
バクラはお手上げというように、肩を竦めてため息をついた。
窓に叩きつけるような雨と風の音が二人の間を流れていた。
外は既に日が暮れているために雲の様子は見えない。
しかし、テレビの天気予報によれば、明日は一日中雨だという。
――こりゃ、ダメだな。
ガタガタと鳴る窓を横目にバクラは心の中で舌打ちをした。
――朝には全部散ってらァ。
ともし火
獏良は花見を楽しみにしていた。
どれくらい楽しみにしていたかというと、花見用に弁当の材料を買い揃えていたくらいだ。
ご丁寧に団子粉まで用意してあった。
花見に興味があるはずもないバクラは他人事のようにそれを見ていたが、天気が急変したことで事態は変わった。
ちょうど花見の前日に大雨が降りだしたのだ。
気温の関係で今年はなかなか桜が咲かず、やっと見られるくらいには咲くと思った矢先のことだった。
天気予報が外れて明日の朝に晴れたとしても、この大雨なら全て散ってしまうだろう。
今年は運がなかった。
そういうことなのだろうとバクラは思ったが、当の本人は諦めきれていないようだ。
期待していた分、失望が大きいらしい。
「なあ宿主、どうせ花見っつても食うこと優先でそんなに見ねえだろ」
「そんなことない」
「また来年があるだろ」
「遠い」
先ほどからずっとこの調子である。
拗ねたままベッドの上でバクラに背を向けて転がっていた。
お陰で獏良が意外と頑固なことを思い出す羽目になった。
そもそも、なぜバクラが機嫌を取らないといけないのだろうか。
バクラはこめかみを引くつかせて獏良を見下ろした。
ここでヘソを曲げられたら良くないことをバクラは知っている。
宿主である獏良の土壇場での強さを嫌というほど味わったことのあるバクラは、なるべく波風を立てずに済ませたかった。
「あー……晴れたら北に咲いてる桜を……」
言葉の途中でぴくりとも動かなくなった獏良の背中をまじまじと見つめた。
「おい」
耳を近づけると、微かな寝息が聞こえてきた。
ごろごろとベッドの上で転がっている間に眠気に襲われてしまったらしい。
「振り回しておいて暢気なもんだな」
外からは変わらず雨音が聞こえてくる。
雷も混じるようになり、いよいよ激しさは増してきたようだ。
「む……?」
目を開けると天井が見え、獏良はゆっくりまばたきをした。
何をしていたか記憶が繋がらない。
背中にあるふかふかとした感触は自室のベッドだ。
――寝てた?お風呂入ったっけ?いま何時?
ボーッとした頭の中で疑問がぐるぐると回る。
ゆっくり考えること数十秒、ようやく昨日の記憶が甦る。
「寝ちゃってた……」
腹這いになり枕元にあった携帯を見ると、とっくに朝になっていた。
損をしたような気分で携帯を閉じる。
「んーーーーーーー」
ベッドの上で伸びをして足をじたばたと動かす。
起きなきゃいけないけれど、起きたくない。
低血圧ぎみの獏良にとってお馴染みである毎朝の葛藤が起こる。
――今日は休日だし……。
再び目を閉じようとして、
「あっ!」
唐突に脳が覚醒した。
反射的に飛び起き、カーテンを思い切り開け放った。
ザーーーーーー
昨晩と変わらず、真っ暗な空に激しい雨が降り続いていた。
風は止んでいるし、心なしか雨の勢いは少し弱まっているようだったが、とても外へ出掛けられる天気ではない。
獏良はがっくりと肩を落とした。
例え止んでいたとしても、桜は散っていただろうが。
はっきりと目覚めてしまったので二度寝は難しそうだ。
観念して起きることにした。
洗濯物や布団は干せないし、一日引きこもり確定だ。
一つため息をついてから、リビングへと続くドアを開けた。
テーブルの上のリモコンを取ってテレビを点ける。
『今日の天気予報でーす。今日一日中あいにくの雨です。お出掛けの際には――』
――そんなこと分かってるよ。
悪くはないと分かっていても、天気予報が少し恨めしい。
とりあえず、飲み物を飲もうと台所に行こうとした。
が、テーブルの上に見慣れないものがあるのに気づき、獏良の視線が止まる。
無造作に置かれたガラスのコップ。
食器棚にしまいこんでいたやつだ。
肝心なのはその中身。
水が注がれ、花をつけた小ぶりの枝が三本入っていた。
水を溢さないようにコップを手に取り、まじまじと見る。
薄桃色の桜の花がいくつか咲いていた。
もちろん、昨晩にはこんなものはなかった。
「ど、どうしたのこれ」
獏良には身に覚えがない。
となると、バクラの仕業に違いなかった。
「見たかったんだろ?」
獏良の問いかけにバクラは姿を現して腕を組んだ。
どうだと言わんばかりだった。
「ま……」
「折ってきたり、人ンちのじゃないから安心しろ」
獏良はその言葉にほっと胸を撫で下ろす。
バクラの日頃の行動を見ている限り、素直に喜ぶことは出来ない。
「じゃ、じゃあ、どこから持ってきたの?」
「外にたくさんあんだろ」
獏良が眠りこけた後、外に出て風で折られた桜の枝を拾ってきただけだった。
大通りに出れば、道路沿いに桜の木はいくらか並んでいる。
それでも、雨足が強かったので綺麗なままの枝はなかなかなかったが。
獏良の身体を冷やしては元も子もないので、長々とは探していられない。
持って帰れたのは三本だった。
「花見花見言ってないで、これで我慢しろ」
つっけんどんな言い方だったが、獏良は言い返さない。
手の中の桜は無愛想にコップに挿してあるだけだったが、どことなく風流にも見えてくる。
「うん!ありがとう!」
不平不満どころか、屈託のない笑みをバクラに向けた。
「あ、お弁当作ろう!」
言うが早いか、ばたばたと慌ただしく台所に向かう。
バクラは不意討ちを食らったせいでその場に佇み額に手を当てた。
「調子いいヤツ」
テーブルの上には桜と弁当。
中身はおにぎりに唐揚げと玉子焼き、きんぴらなど、正統派のおかずだ。
わざわざ串に刺した白団子もあった。
獏良はおにぎりを頬張りながら、桜を眺める。
「つぼみも付いてるよ。咲くかなあ」
「さあな」
相変わらず外は大雨だったが、桜の花のお陰で部屋の中が明るく見えていた。
----------------------
たまには家で遠足気分。