ばかうけ

「お前は目的のために必要な宿主様なんだからな」
するりと僕の髪を撫でてバクラが言った。
そんなことは分かってる。
ただの駒扱いだってことは。
だから、僕はお前に――。


ギフト


獏良の生活はバクラに侵食されていた。
いつの間にか身体を使われていたり、知らない物が家に増えていたり。
自分の身体だというのに、バクラが現れてからは思うままに出来なかった。
不思議と対抗しようという気は起きなかった。
遊戯を始めとする友人たちに手を出そうとしたら、それは刺し違えても止めると思う。
最初の一度きりで、バクラは遊戯たちを襲うことはなかった。
もちろん、バクラが何か良くないことを企んでいることは察していた。
それでも、自分の身体からバクラを追い出すなんてことは出来なかった。
時々、バクラは獏良に優しく語りかける。
お前に手を出す気はないと。
きっとそれは確認なのだ。
獏良がバクラに対して敵意を持っていないかの。
バクラから発せられる言葉は、寒々しく身体を擦り抜けていく。
獏良を見つめる瞳も暗い。
――そんなこと思ってないくせに。
バクラに悟られないように心の奥底で思う。
――思っていないというよりは、「どうでもいい」か。
大切だと何度言われても虚しいだけだ。
それにきっと、バクラにとっては嘘ではない。
言葉通りに「駒として」大切なのだから。
そんなことを考えているうちに心全体に影が差す。
その度にいけないと、心が挫けないように自分を奮起させる。
闇に囚われないように、自分の意思だけはしっかりと保っていないといけないのだから。


「今日はあまり体調良くないから出歩かないでくれる?」
ベッドの上でごろりと寝返りを打って獏良が言った。
獏良の方から要求することは殆どないが、こういう時ばかりは別だ。
「熱でもあんのか」
獏良を見下ろすようにバクラが空中に姿を現した。
「微熱もないけどダルい。風邪の引き始めかも」
バクラは何の感慨もなさそうに獏良を見つめていた。
要求を理解しているのかどうかも怪しい。
「ねえ」
獏良は天井を見上げて独り言のように呟く。
「……僕のこと大切?」
考えもせず自然と口から出てしまった。
望む答えなんて返ってくる訳がないのに。
心のこもっていない肯定の言葉か、駒扱いの言葉が囁かれるのは分かりきっている。
それに、自分が何を求めているのか獏良自身が分からなかった。

僕たちの関係は近くて遠い。
僕だって打ち解けようとなんて思ってない。

それでも、獏良はバクラを突き放すことは出来ない。
身近な者の死を知っている獏良にとっては。
目の前でもう二度と人がいなくなって欲しくない。
この身体から追い出したら、きっとこの魂は行くところがなくなってしまう。
そうするくらいなら、自分の身体を半分に割ってしまった方がましだ。
かつて、自分の魂をサイコロごと砕いた時のように。
そう考えても、駒扱い、物扱いは堪える。
「おかしなことを聞くもんだなァ。いつだってお前はオレ様の大切な宿主だぜ」
ほら、と獏良は思う。
上辺だけの冷たい言葉だ。
その表情には親愛の情が一切感じられない。
「じゃあさ」
上半身を起こし、バクラの顔を真っ直ぐに見つめる。
「あげるよ、僕の身体」
手のひらを自分の胸に置き、空虚な笑顔を浮かべる。
どんなふうにバクラに見えているかは分からない。
この先、道具として見られていくのなら、その方がマシだった。
獏良の方から突き放せないなら、こうするしかない。
「僕の心も半分あげる」
そうすれば、冷たい心を少しでも溶かせるかもしれない。
上手くいけば遊戯たちにも迷惑がかからなくなるかもしれない。
バクラは獏良を凝視していた。
まさか、獏良の方からそんなことを言ってくるとは思わなかったのだろう。
口許に手を当てて何かを思案していた。
「……お前がそんなことを言うなんて思わなかったな。風邪のせいか?」
「そのせいもあるかもしれないけど、本当のことだよ」
自嘲気味に獏良は笑った。
熱はまだないが、薄っすらと浮遊感はある。
それがなければ、恐らくこんなことは言っていなかった。
「こっちとしては歓迎したいところだがよ」
バクラの言葉には躊躇いはなかった。
それに少しだけ獏良の心がちくりと痛む。
――そんなに簡単に納得しちゃうくらいの存在なんだ。
「うん、僕の気が変わらないうちに早くした方がいいかもよ」
本当は耳を塞ぎたかったが、表面上だけでも強がりを言った。
「そうか」
バクラがきゅっと唇を真一文字に結んだ。
ふわりと空中からベッドまで下りてくる。
そして、獏良の正面に座った。
「後悔はないんだな?」
静かに問われる。
バクラの瞳は真摯な色を宿していた。
獏良はこくりと頷いて目を瞑る。
こうした方が怖くない。
もしかしたら、痛いのかもしれない。
怯えている姿も見せたくはなくて、やはり目を瞑るのが一番だと思った。
顔のすぐ前にバクラの気配を感じる。
首から顎にかけて手を添えられるのが分かった。
もし、苦しいのなら一瞬がいい。
唇の端が震えた。
「……あまり、痛くしないで」
聞こえるかも分からないくらい小さな声だったが、バクラにはしっかり届いたようで、
「分かってる」
フッと笑うのが聞こえた。
つい弱音を吐いてしまい、気恥ずかしさで獏良の頬が染まる。
身体を包まれるような感触がした。
恐怖から手を強く握っていたが、意識的に力を抜く。
抵抗せずに身を預けてしまった方が楽に違いない。
そして、バクラのもう片方の手が獏良の胸元にかかった。
その手に力がこもったかと思った次の瞬間には、
ビリッ――。
勢いよく布が裂ける音がした。
びくりと獏良の身体が跳ねる。
身体が引き裂かれたのかと思った。
しかし、衝撃はあるものの痛みはまだない。
ぴたりと裂けた服の隙間から獏良の素肌にバクラの手が置かれる。
ひんやりとした感触が胸に伝わる。
チャリチャリ
獏良の胸にかかった千年リングをバクラは弄んだ。
「似合うな」
ぽつりとバクラが呟いた。
目を瞑っていると、次にどうなるか分からなくて焦れる。
バクラはそんな気持ちを知ってか知らずか、首元に置かれた手で獏良の唇を撫でた。
「は、はやく……」
薄紅色の唇から哀願の声が漏れる。
「そう慌てるなって」
バクラはゆっくりと唇を撫でている人差し指を、獏良の口の中に無理矢理捩じ込んだ。
「かっ……」
当然、心の準備をしていなかった獏良は苦しさに喘いだ。
喉の奥の方まで乱暴に指を突っ込まれて嘔吐いた。
顔が固定されているので逃れられないし、息も上手く出来ない。
動ける範囲で左右に首を振った。
窒息感に獏良の目に涙が滲む。
バクラはぐねぐねと口の中を好き勝手に荒らした後、一気に指を口から引き抜いた。
「がほっ……」
獏良は咳き込みながらも、大きく空気を吸い込む。
落ち着く暇もなく、開いた口がまた塞がれた。
――なんで、こんな苦しくするの。
獏良は腕を伸ばし、無我夢中でバクラの身体を掴んだ。
恐らく、胴体だということは触感で分かった。
服の端をぐいぐいと引っ張る。
痛くしないでとは言ったが、苦しくしてもいいとは言っていない。
塞がれた口の代わりにこうして訴えるしかなかった。
それが伝わったのか、ようやく口が開放された。
「はあはあ……」
獏良が荒く息を吸い込む。
「わりぃ」
バクラは一言だけそう言うと、獏良の頭を抱きかかえた。
先ほどとは違う優しい感触に、獏良の瞳から涙が零れた。
弄んだりせずに一思いにやって欲しい。
自分の最大の好意を汚されたような気がする。
獏良の涙をバクラの指が拭う。
「泣くなよ」
耳元でバクラの声が囁かれた。
「……して」
振り絞って出したはずの声は声にならなかった。
「ん?」
バクラが獏良の顔を覗き込む。
「……早く僕を消して」
今度はしっかりと声になった。
またポロリと涙が零れ落ちた。
ぴたりとその場の空気が止まる。
いつまで経っても何の反応もないので、獏良はようやく目を開いた。
目の前のバクラは面を食らった顔をしていた。
「……誰が誰を消すって?」
その次にバクラから出た声は地の底を這うような声だった。
「えっ……」
言い返すまもなく、ビリビリに破けた胸元にバクラが掴みかかった。
歯噛みをして獏良を睨みつける。
「く、くるしい」
これには堪らずバクラの腕を掴んだ。
抗議の声は届かず、乱暴に唇が塞がれた。
息が出来ないことも忘れて獏良は目を見開いた。
目の前にあるのはバクラの顔で、唇を塞いでいるのは……。
それは指を突っ込まれた後の感触と全く同じだった。
ぬめぬめとした柔らかいものが口の中で蠢く。
「んっ……」
頭の中が疑問符で埋め尽くされた。
それでも息は出来なくて、バクラの胸元をどんどんと叩いた。
獏良の思いが通じたのか、唇と唇がやっと離された。
「……ぷはぁ」
新鮮な空気を存分に吸い込んで息を整える。
獏良は震える手で唇を押さえた。
――いま、何された?
バクラは眉を吊り上げ、口角を下げていた。
「な、なん……なんでキ、ス」
言いながら獏良の顔が赤くなる。
バクラの眉間には、さらに深く皺が刻まれた。
「てめえが言ったんだろ。『心と身体をあげる』って」

心と身体をあげる。
心と身体をあげる。
……。

その言葉を何度も頭の中で反復し、獏良が叫んだ。
「えええええッ!ちがっ……違うよー!」
ブンブンと身体の前で両手を振り、
「お前が僕の身体を欲しがってる……いや、自由に動ける肉体が欲しいのかと思って僕は……」
懸命に釈明をした。
「そういうことかよ」
ふいとバクラは横を向いて唇を尖らせた。
「だって、その方がお前のためになると思ったんだ。僕は……ただの器とて生きるのも嫌だし、お前に消えて欲しくもないし……」
バクラが何を考えているのか獏良には分からない。
自分の煮え切らない言葉が情けなくて肩を落とした。
「お前はオレの永遠の宿主だよ」
目線を下に落とす獏良にかけられたのはその言葉だった。
「お前がいなければ、オレは存在できない。お前を消すつもりもない」
獏良が顔を上げると、バクラが見つめていた。
その瞳は相変わらず暗い。
しかし、言葉はきっぱりと言い切っている。
瞳と口調のどちらを信じたら良いのか、獏良は戸惑いを感じた。
獏良の態度にバクラはため息をついた。
「伝わんねえのも仕方ねえけどよ。腹立つな」
「僕のこと、駒として思ってるでしょ」
その言葉を出すのは怖い。
しかし、いま聞かなかったら永遠に聞く機会が失われてしまう。
そんな気がしてバクラに問いかけた。
「駒?確かに駒だが……」
バクラは言い淀んで口を紡ぐ。
獏良の肩をしっかりと両手に置き、
「この世に二つとない駒だ!」
きっぱりと述べた。
しかし、すぐに視線を外し、
「いや、待て、これはまたマズい」
ブツブツと口の中で呟き始めた。
その様子に獏良は吹き出した。
「なに僕のことで必死になってるの。あはははは」
腹を抱えて笑い声を上げる獏良に、バクラは不機嫌そうにへの字口になった。
「お前のことなら必死にもなるだろ」
こつりと獏良の額に自分の額をぶつけてそう囁く。
「駒としても必要だが、お前自身も必要なんだ」
「信じろって言うの?」
「お前が信じるか信じないかは関係ない。オレ様がそう思ってんだ」
お互い目線を逸らさなかった。
長い沈黙の後、先に口を開いたのは獏良だった。
「一つ約束して。どんなに残酷なことをしても僕には嘘をつかないで」
澄んだ瞳でバクラを射抜いた。
それにバクラは頷く。
この瞳の前では嘘なんてつけるはずがない。
「お前は駒でも使い捨てじゃないんだぜ。もう消せなんて言うな」
バクラがそう言うと、獏良の全身から力が抜けた。
「はー、もうなんなの。お前って分かりにくい……。大切にされてるんだかなんだか分からないし。服は破かれるし」
頭を垂れて大きくため息をついた。
「人のことは言えねーと思うが……。人間の尺度で測るな。大切にするとか、ンなのとっくの昔に忘れちまった」
あまりに遠い年月を経て、バクラの中では人間らしい感情は失われている。
人間だった頃の記憶は曖昧になっているのだから当然だった。
それが勝手に消すの消さないのという話に発展するなんて、バクラにとっては堪ったものではなかった。
「まあ、がっついたのは悪かったけどよ」
バクラは横を向いて小さく気まずそうにそう付け加えた。
「がっついたんだ……」
唖然としながらも、先ほどのキスを思い出して獏良の頬が染まる。
あの時は必死だったのであまり覚えていないが、今になってみると恥ずかしかった。
「お前なー!あんなこと他人の前で言うなよ!」
「あんなこと??」
きょとんと目を丸くする獏良にバクラの方が脱力してしまう。
「お前の方から誘ってきたと思えばこれだもんなァ」
「誘ってないよ!」
慌てふためいて獏良が首を力いっぱい振る。
その様子に少しだけバクラの頬がひくついた。
「なんで、キ、キスなんかしたの」
もう一度、同じ問いかけをしてみた。
「知りたいのか?」
獏良の首が小さく縦に振られるのを見て、バクラの口許が綻んだ。
バクラはその白い顎に手をかけ、くいと持ち上げる。
「ゆっくり教えてやるよ」
獏良の目の前には、もうバクラしか見えなかった。

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バクラの気持ちは、わーい→ええっ?!
そこらへんを頭に置いて読み返すと違った感じになるかもです。
ちょっとやってみたかったネタなのです。
なんだかんだでラブラブな二人。

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