ばかうけ

*この話は『ある雨の日に』という続きものになります。原作終了後の捏造話です。
「遊戯王」とは一切関係ない人も出てきたりします;それでも、大丈夫な方は↓へドウゾ


晴れ渡った青い空に輝く太陽、車窓から流れるのどかな田園風景、膝には手作りの弁当――それは、さながら絵に描いたような行楽模様だった。
獏良は自分で握ったおにぎりを頬張りつつ、持ってきた地図や資料を眺めていた。
「んー……。やっぱり、バスの乗り継ぎが不安だなあ」
覚悟していたとはいえ、外の風景があまりにものどかすぎることに少し動揺をし始めたところだった。
「全く……お前が言い出したことだぞ」
呆れを通り越して無の境地に至ったバクラは、冷静な口調で諭した。
「いやー……だってさー……」
この号車には他に人はいない。
他人の目を気にすることなく獏良はバクラに話しかけている。
「こんなのなかなかないじゃないか。自分じゃ見つけられなかったし……」
おにぎりにを持ったまま、空いている方の指で紙を弾く。
二人が向かっているのは、山奥にある小さな村だった。
畑と山がある他には何もない村で、観光名所があるわけでもない。
この電車を降りた後は、バスを乗り継ぎ、さらに歩く必要がある。
なぜそのようなところにわざわざ行くのかというと、ある伝承がその村に伝わっていると聞いたからだ。

――よみがえりの村。

一部ではそう呼ばれている村らしい。
まだ、古い信仰が息づいていて、昔のままの慣習も残っているとのことだ。
信仰というと現代人は驚いてしまうが、身近な自然に対して畏敬の念を抱いていることを指し、その地域に根付く文化の一つである。
その村も山を神聖なものとし、山の神を崇め奉っている。
よみがえりというと大袈裟に聞こえるが、山に訪れる春夏秋冬を人生に表し、それを村ではよみがえりというのだと資料には記載されていた。
人生の終わりにあたる冬が終われば、また始まりである春が訪れるという具合だ。
自然と共に生きていた日本らしい自然信仰。
山を大切にすれば村は守られ、寿命が尽きた後はまた村に無事に生まれ戻るということらしい。
最後の部分は少し変わっていると思うが、よくある話には違いない。
獏良にとっては自然を大切にとか、村の平和という部分はどうでもよく、よみがえりという部分が大切だった。

死と再生――。

今のバクラにとって、必要なものだと思ったのだ。
ファラオを冥界へと送る闘いの儀の後、千年リングは他の千年アイテムと共に地下に封じられてしまった。
バクラは記憶戦争でファラオに倒され、消滅させられた。
依代も何もかもなくなり、もう二度と会えるものではないと思っていたが、偶然にも獏良の中にバクラが戻ってきたのだ。
それは千年リングの無き今、とても不完全な形だったが、二人は以前のように奇妙な二心同体生活を送ることになった。
もうバクラには過去のしがらみはなく、今やとても静かな生活だ。
獏良は自分の手でバクラを冥界に送り届けると約束し、休み中にはこうして怪しい噂のある場所へ赴くようになった。
正直言って、バクラは自分が冥界に還ることなど興味がなかった。
しかし、獏良が張り切ってバクラのために動いていることは、悪い気分ではないので甘んじて受けている。


「そもそも、そんな情報、誰から聞いたんだよ。お前の守備範囲外だろ」
「同じ民俗学の授業を受けているオカルト研究会の子だよ」
獏良は考古学の道へ進むべく、今は基礎勉強中だ。
まずは学芸員の資格を目指しつつ、エジプト関係の授業も取るつもりでいる。
バクラはそれらのことには全く興味が湧かず、講義中は獏良の中で眠っているが、
「ああ。あの、宿主に色目を使ってくるガキか」
獏良に関わりのあることはきっちりと把握してした。
「語弊があるよ!別に色目なんて使われてないでしょ」
大学で遊戯たち以上の友人はいないが、そこそこの付き合いは広げられている。
授業に、不思議な噂話探しに忙しいので、サークルには入っていない。
その代わり、同じ専攻の学生や授業でよく一緒になる学生とは交流を深めている。
バクラの言った「色目を使ってくるガキ」もその中の一人だ。
他愛のないオカルト話の中に、興味深い内容が含まれていることがあるので、獏良はよく耳を傾けていた。
よみがえり村について詳しく聞かせて欲しいと伝えたら、すぐに詳しい場所の地図や資料を持ってきてくれた。
そのお陰で下調べをほとんどせずに済んだが……。
獏良はちらりと細かい文字が羅列されている紙の束に目を落とした。
「そうなの……?」
急に不安を感じて玉のような汗を浮かべた。
「あとで食事に誘われても知らねーぞ」
それまで獏良の心の内で囁いていたバクラが隣の席に現れ、
「でも、宿主様は年上好みだもんなァ?あのガキ御愁傷様だな」
獏良の顎を撫でるように手を滑らせた。
「……昼間っからやめてよ」
煩わしげに獏良は首を振った。
「つれねえなァ」
笑い声を残し、バクラは再び姿を消す。
獏良は膨れっ面で弁当の卵焼きをつつき始めた。


目的の駅に着き、駅前の停留所からバスへ乗り換える。
バスは駅周辺の集落を離れ、山側へと向かう。
建物が少なくなったところで降車し、しばらく歩いたところにある停留所から再びバスに乗る。
どちらのバスも日に何本かしか走っていない。
これは帰りも気をつけなければと獏良は心に留めた。
バスでさらに山のふもとに向かう。車が通れなくなるほど森が深くなる手前でバスを降りる。
ほとんど獣道のような場所を徒歩で進む。
今にも落ちそうな橋を渡り、薄暗いトンネルを抜けた先が目的のよみがえり村だ。
数えられるほどの民家に、森と畑しかない山で囲まれた村。
携帯の電波も入らないほどだ。
辿り着いた時には、もう夕暮れも近かった。
「野宿でもするつもりか?」
「民宿が一軒だけあるっていうから、予約しておいたよ」
道を歩いていても住民とは一人も擦れ違わない。
よっぽど人口が少ないのだろうか。
「民宿……ねえ」
バクラは鋭く周囲に視線を走らせた。
村の中心部に目当ての民宿はあった。
三階建ての瓦屋根に木製の古民家。
てっきり獏良は普通の民家を想像していたが、立派な門構えといい、池もある広々とした庭といい、村の規模からすれば充分すぎる施設だった。
引き戸を開けて中に入ると、右手には小さなカウンターがあり、正面には階段と狭い廊下が続いている。
見たところ、手入れは行き届いているので安堵した。
カウンターに置いてあるベルを鳴らす。
少しの間があって、腰の曲がった老婆が廊下の奥から現れた。
「こんにちはー。予約している獏良です」
にこやかな笑顔を浮かべて獏良が頭を下げる。
「あー、はいはい」
ゆっくりとした動きで老婆はカウンターの中に入っていき、宿帳やら筆記用具を差し出してきた。
記入が終わると、老婆は部屋に案内すると言って再び廊下に出て来た。
他愛ない会話を交わしながら、老婆について行く。
一階はほぼ住居用になっていて、二階と三階が宿泊用とのことだ。
「お一人でやられているんですか?」
「わしと爺さんとでやってるよ。あと、せがれもいるが、仕事場は別でね」
意外にも老婆は古民家ならではの急な階段をしっかりとした足取りで上がっていく。
逆に獏良の方が息切れしそうだった。
獏良の宿泊部屋は二階だった。
丸ノブの付いた木造のドアを開けると、和室が広がっていた。
クーラーなどの設備は古いが、十畳もあるので一人なら充分だ。
部屋の中央には座布団と座卓が置かれている。
シンプルな部屋だが、入り口の脇に室内トイレがあるのは有難い。
風呂は一階にあり、時間内なら自由に使えるとのことだった。
「それで、食事はすぐ持ってこれるが、どうするかね」
「じゃあ、六時でもいいですか?」
老婆はまたゆっくりとした動きで部屋を出ていった。
「ふう……」
獏良は一つしかない部屋の窓を開けた。
ベランダはなく、代わりに手すり子が付いている。
山の向こう側に夕日が見えた。
虫たちの声以外は何も聞こえず、そよそよと風が吹いている。
「田舎もいいもんだねえ」
獏良とは対照的に欠伸交じりにバクラは答えた。
「そうかァ?」
「不便だけど、いいところじゃないか」
唇を綻ばせて獏良が頷いた。


荷解きをして寛いでいるところに、老婆がおぼんを持ってやって来た。
老人に接客をされるとかえって申し訳なくなるが、老婆はてきぱきと座卓に食事やらポットやらを並べていった。
「あんたさんは学生だって言ってたね」
「はい。大学生ですよ」
手を止めずに老婆は口だけを動かした。
「ほー、そうかい。一人でこんなところによう来たね。親御さんは心配しとらんのかい」
「あー……両親は……」
そこで獏良は口籠った。
多忙であるとか、海外にいるとか、老婆に説明をするのも骨が折れる上に、ぺらぺらと喋っていいものかと様々なことが頭に過ったのだ。
どうしたものかと思案をしていると、
「変なこと聞いちまってすまないねい。あんたも若いのに大変だ」
すぐに老婆が会話を自ら打ち切ってくれた。
誤解をさせてしまったようだが、獏良は助かったと一安心した。
「いえ、もう慣れました」
少しの罪悪感には気づかないふりをして、口元に笑みを浮かべる。
「まあ、ゆっくりしてってくれな」
全てを並び終え、老婆は去っていった。
食卓の上には茸と山菜を中心の和食が並んでいる。
量は少なめで派手さはないが、椀物や小鉢が並んでいて種類が豊富だった。
「わあ、美味しそうー。いただきます」
早速、獏良は箸をつけ始めた。
食後はお膳を言われた通りに廊下に出し、チャンネルの少ないテレビを回した。
「まー、調べるのは明日だね。お婆さんも色々知ってそうだし」
机の上に資料を広げつつ、獏良が口を開いた。
外は既にとっぷりと日が暮れており、建物も街灯もないせいで真っ暗だった。
「油断するなよ」
民宿に着いてからのバクラは、警戒してか言葉少なめだ。
一方の獏良はのんびりしたもので、のどかすぎる雰囲気に呑まれていた。
バクラは急にがらりと口調を変えて、
「さて、夜になったことだし、一発ヤッておくか」
にやりと笑って言った。


「はい、角取ったー」
「くそ……」
ぱちんぱちんと獏良は盤面の石をひっくり返していった。
盤面が黒から白へ染まっていく。
部屋に置いてあったオセロを引っ張り出して、二人はゲームに興じていた。
バクラは獏良の対面にわざわざ姿を現し、胡座をかいている。
獏良は二人分の石を動かしていた。
「言い出した方が負けるのはカッコ悪いかも」
「言うじゃねえか」
腕組みをしてバクラは眉間に皺を寄せていた。
どう見ても、バクラの黒の方が劣勢だった。
バクラはここから巻き返すにはどうしたらいいかと頭を巡らす。
そんな姿を見て、獏良はくすりと笑いを溢した。
闇のゲームでもなんでもない、ただの普通のゲーム。
それがどんなに楽しいことか。どんな意味を持っているか。
ここにいる二人だけが知っている。
「そこだッ!」
「ここ?ここでいいんだね?」
「ま、待て……ちょっと待て」
腰を浮かせてバクラが片手を前に出した。盤面を見つめてぶつぶつと呟く。
こうして二人だけの夜が過ぎていった。


翌朝、獏良は必要なもの以外は全て宿に置き、軽装で村の探索へと出発した。
村といっても勾配が多く、ほとんど山道のような道が続く。
荷物を軽くして良かったと、獏良はしみじみと思った。
資料の通りに村には店も病院もない。必要なものがあれば、獏良がバスを乗り継いだ辺りまで出なければならない。
完全に閉鎖的な村だった。
村人たちは自給自足をしているのだから問題ないのだろうが、住むには勇気のいる場所だ。
生まれてからずっとこの生活をしている村人たちは、不便と思ってないのだろう。
畑のそばの細い道を歩いていると、村人の姿が見えた。
服を見る限り、農作業中のようだ。
小さく頭を下げる獏良に、にこにこと笑みを浮かべて村人もお辞儀をし返してきた。
小さいけどいい村だなと、獏良は好感を抱いた。
村をぐるぐると回っていると他にも村人と擦れ違ったが、若者は一人もいなかった。
どの村人も愛想良く挨拶をしてくれる。
宿の女将が「若いモンはみんな都会に行っちまってねい」と言っていたことを獏良は思い出した。
この過疎化の進む村で特別な現象を見つけることが出来るのだろうか。
山道に入る手前に辿り着くと、小さな神社があった。
小さいといっても、大きな鳥居も社殿もある立派な神社だ。
民間信仰を調べるには欠かせない場所に違いない。
獏良は鳥居をくぐり、石段を上がった。
人気はないが、こまめに手入れはされているらしい。
ほとんど枯れ葉や石も落ちていない。
社の前に立ってきょろきょろと辺りを見回す。
他に建物はないし、特徴的なものもない。
宮司さえいれば話が聞けるのだが、規模からいっても無人に違いない。
宮司は兼任できるものなので、わざわざこの神社に宮司を常駐させておくことはしないだろう。
村の老人たちに話を聞いた方が早いかもしれない。
獏良は硬貨を賽銭箱に投げ入れ、手を合わせて神社を後にしようとした。
「あんれー。見かけない顔だな」
突然に声がかかり、びくりと獏良は背筋を伸ばした。
声のする方へ振り向くと、背後に中年の男が立っていた。
村の中では若い部類に入るのではないだろうか。
「あ……僕、旅行で来てまして……」
「こんなとこに旅行かい?」
警戒している様子はないが、物珍しそうに男が近寄ってきた。
「大学で民俗学を学んでるんです。だから、こういう山と生活が出来るところに来たくて」
あらかじめ考えておいた設定を口にした。
実際には獏良は主に海外文化を学んでいる。しかし、日本について知ることも必要なので、完全な嘘というわけではない。
ボロが出ないようにするには、本当のことも織り混ぜていった方がいい。
これはバクラからの受け売りだった。
「ほー。よく分からねえが真面目なんだな。だが、一人でこんなとこに来て、親御さんや友達が心配してねえか」
昨晩、女将に一度聞かれて良かったと思った。
「僕、両親はいないんで……。人付き合いも良い方じゃないですし……」
そこには触れられたくないというように、言葉を濁しつつ顔を伏せる。
「あー、すまんかった!」
慌てて男は両手を振って謝罪をしてきた。
「気にしないで下さいっ!」
ちくちくと胸が痛みつつも、話を聞かなければならない。
「こちらは何の神様を奉ってるんでしょうか」
「シャクチ様っちゅう山の神さんだ」
「しゃくち様?」
どういう漢字を当てるのだろうと考えていると、
「無闇に山に入ると、山の神さんに怒られるから気をつけな」
男はからからと笑った。
その人懐っこい笑みに獏良の心が和らぐ。
「お祭りとか行事はあるんですか?」
「まあ、秋の収穫どきにな。こんな村だから大したことないけどよ」
春か秋の祭りなら、各神社で行われるごく一般的なものだ。
よみがえりの村とまで呼ばれるには、他に儀式的な何かが行われていないと不自然に思える。
「他には……?」
「ん?んんー。特にないがなあ。シャクチ様が守ってくれるから、滅多に悪いことは起こらねえしなぁ」
男が顎を撫でながら唸る。
「シャクチ様……。それはどんな神様なんでしょうか」
「俺らをずっと守ってくれてる偉ぇ神さんだ。シャクチ様のお陰で俺たちは長生き出来るんだ」
獏良の瞳に真剣な光が宿る。
「悪いこと。悪いことってなんですか?この村には悪いことがあるんですか?」
質問に初めて男がたじろいだ。恐ろしいほどに真っ直ぐな瞳で見つめられたからだ。
「守ってくれるって物理的には……」
「こら。詰め寄りすぎなんだよ」
バクラが横から獏良の頭を叩いた。
全く痛みはないが、獏良はそこで目の前の男が怯えているのに気づいた。
「すみません。興味のあることなので、つい聞きすぎてしまいました」
慌てて笑顔を作り、頭を下げる。
「ったくよォ……。お前は抜けてるくせに雰囲気だけはあるんだから気をつけろよ」
雰囲気だけってなんだよと、引きつりそうになりながらも笑顔を保つ。
その無害そうな笑顔に男の表情が緩まった。
「ああ……。ええよええよ。勉強熱心なんだな」
男は後ろを振り返り、村を見渡した。
高台にある神社からは、よく村の様子が見える。
「まあ、神さんはここから俺たちを見守ってくれてんだ。何かあったら悪いもんを吸いとってくれる。
だから、俺たちは死んでも、またこの村に生まれたいと思うんだ」
「うぜぇ」
バクラの悪態に、獏良は男の話を真剣な顔で聞きながらも冷や汗を流した。
「その為には……」
くるりと男がまた獏良の方を向き、人好きのする笑みを浮かべる。
「俺らも頑張んなきゃな」


――結局、詳しいことは何も分からなかった。
男と別れてから獏良は村の散策を続けてみたが、他に目ぼしい建物はなかった。
ただ、変わった山信仰があることは間違いないらしい。
バクラにどう思うか?と尋ねたところ、「気に入らねえ」と言ったきり、心の部屋に戻っていってしまった。
仕方なく獏良は宿に戻って資料を整理することにした。
資料を読み返してみたり、地図に建物の詳しい場所を書き入れてみたりする。
「うーん。やっぱり、神社の裏手から山に入るべきかなぁ?」
この民宿を村の中心と考えると、入り口とは正反対の村の奥地に神社があることになる。余所者の目につかないように建てられたのかもしれない。
いつからあるのかは分からないが、よっぽど村人たちに大切にされてきたに違いない。
「ねえ、バクラ?まだ機嫌悪いの?」
獏良が呼び掛けると、低い声が返ってきた。
「別に悪くねえよ……」
「悪いじゃない」
バクラが小さく舌打ちするのが聞こえた。
「……この村のヤツらが、どいつもこいつもヘラヘラしてるから気に入らねえだけだ」
確かに閉鎖的な村にしては、愛想が良く感じられた。
気に入らないとまで言ってしまうのは、獏良には些か早計に思えるが。
「うーん……」
バクラの勘を軽視するわけにもいかず、獏良は腕組みをする。
その時、コンコンと戸を叩かれた。
時計を見ると、ちょうど夕飯時になっていた。
返事をしながら戸を開ける。
老婆が昨晩と同じように、にこにこと笑顔でおぼんを持って立っていた。
「なんぞ、勉強になるものはあったかね」
今日は焼き魚がメインらしい。芳ばしい香りが周囲に漂う。
「あ、はい。今日は神社に行ってみました。山の神様にご挨拶に」
「そうかそうか」
嬉しそうに老婆は頷く。
やはり、この村にとってあの神社と山の神の存在は大切なもののようだ。
「どんな神様なんですか?」
「シャクチ様はあの山に昔から住んどる神様さ。この村をずうっと守ってくれっとる」
神社であった男と同じようなことを老婆は口にした。
ただ、今も生きているもののような言い方なのが気になる。老人はそんなものなのかもしれないが。
「住んでいる……?」
「そうさ。ただ、最近はお怒りなのかねえ。不作続きでねえ。去年は山崩れもあったしね。若モンは都会に出て行っちまうし……」
少しだけ老婆の横顔に影が差した。
さらに、話を聞こうと獏良が口を開きかけたところで、
「さあ、今日は腕によりをかけて作ったからね。たーんと食え」
話を打ち切られてしまった。


「うーん、今一つ核心に触れられないなあ」
獏良は頬にご飯粒を付けたまま、煮物を口に放り込む。
「隠してるって感じじゃないのに……」
焼き魚を箸でほぐし、ご飯と味わう。
「宿主、深入りするのやめねえか」
ぽつりとバクラが洩らした。
「え、どうしたの?」
バクラはその問いには答えられない。
ただ、この村には何か居心地の悪いものがあると感じているだけだ。
千年リングがない今、満足に獏良を守ってやることは出来ない。
自分に似合わない慎重論を唱えているのは、バクラ自身も分かっていた。
「別に、こんなシケた村じゃなくてもいいだろう。もっと調べ易いと……」
そこでバクラは気づいた。
茶碗と箸を持ったまま、獏良がゆらゆらと頭を揺らしていることに。
「宿主?」
呼びかけにも応じず、そのまま獏良は目の前の膳に目がけて勢いよく突っ伏した。
ガシャンという派手な音を立て、食器を払いのけて机に伏したまま獏良は動かない。
「おい、宿主ッ!!」
獏良の中で叫んでも、何の反応もない。
くらりと、バクラの視界が揺らいだ。
これか、と遅まきながらも察する。
感覚を共有していても、バクラの方が本当の肉体でない分、良くも悪くも鈍くなっている。
これは、強烈な眠気だ。
普通の眠気なら、人格交代をしてしまえば問題ないはずだが、この強制的に誘われる感覚は……。
「くそ……盛られた……」
意識を失う寸前に、部屋の扉が開くのが見えた。


「ん……」
頬に冷たく固い感触がある。
獏良が重い瞼をなんとか開くと、畳や床ではなく、ゴツゴツとした岩肌に自分が突っ伏していることに気づいた。
「え……」
ゆっくりとその場に起き上がる。
身体が鉛になったように重い。
そこは一面が岩に覆われていて、暗い洞窟のようだった。
宿屋にいたはずではと思い出してみるものの、頭がぼうっとして上手く思考がまとまらない。
眩暈を感じ、額を押さえる。
「おや、もう起きたんかい」
「もう半日は眠っているはずなのにな」
二つの声が獏良の耳に届く。
よく見れば、岩壁には一つだけ鉄の扉があり、そこから微かに光が漏れている。
ふらふらとよろめきながら扉に縋りつく。
ちょうど目の高さに小さな窓があり、そこから外を覗く。
そこには――。
「おばあさん……」
宿の女将が立っていた。
「……どうして?」
この状況は異常だ。
ここで目を覚ます前は食事をしていたはずだ。虚ろな頭で思い出せた記憶が間違えでなければ。
いくら疲れていても、食事中に眠りこけるなどということはしない。
睡眠薬か何かが夕飯の中に仕込まれていたのだ。
「あなたも」
老婆の隣に立っていたのは、神社で会った男だ。
ドアを開けようとしてみるが、鍵がかかっていて開かない。
間違いなく、これは悪意を持った者の仕業だ。
しかし、扉の前の二人は変わらない自然な態度だった。
とても、このようなことをするような人物に見えない。
「すまないねえ」
老婆は謝罪をしているようには見えない穏やかな表情で言った。
「言っただろ。今は山の神さんの機嫌が悪くてね……」
「母ちゃん、もっとはっきり言ってやんなよ。山の神さんの機嫌を取るために、人身御供になってくれって」
親子だったのかと、獏良の中の冷静な部分が認めた。
宿から獏良を運び出したのは男の方かもしれない。
「……こんなことをして、何になるんですか?騒ぎになりますよ……」
呂律が回らなくなりそうなところを、懸命に口を動かす。
「ならねえよ」
男が残酷なまでに冷静な口調で否定した。
「だって、アンタ家族も友達もいないんだろ?」
そう指摘され、老婆もこの男も家族構成を聞いてきたのを思い出した。
「だから、アンタが『山でおっ死んでても』、誰もおかしいと思わねえんだ」
獏良はぎゅっと顔をしかめた。
「そうやって、今まで同じことを繰り返してきたんですか……?」
「やっぱ、都会の学生さんは頭がいいんだな」
この洞窟には陰鬱な空気が漂っている。据えた臭いもしている。普通じゃないと直感的に獏良は気づいた。
「そうだよ。ここでみんな神さんの供え物になってもらってきたんだよ」
吐き気がする。当たり前のように言ってのける目の前の男に。
太陽が東から昇るように、季節が移り変わるように、自然なこととしてこの因習が続いてきたのだ。
村に災厄が降りかかったと思えば、人の命を山に差し出す。
それをずっと繰り返してきたのだろう。
「僕をどうするんですか……」
「ここは神さんの祠でな。一人でちょっと寂しいかもしんねえが、このままほんの一ヶ月ほどここに居てもらう」
ゾッと獏良の背筋に寒気が走った。
殺されるわけではない。ただ、この洞窟に食料も水もなく閉じ込められるだけ。
神様に供え物をしているだけ。
それが村人たちの罪悪感を奪っているのだろう。
悪意など最初からなかったのだ。
「名誉なことだよ。供え物に選ばれるのは。村のみんなも喜んどる。これで村もまた落ち着く」
「無駄……。人の命を使って誰かが救われる?全くの無駄ですよ」
険しい目つきでドア越しに老婆と男を睨みつけた。
自分の命が危険に晒されているからの怒りではなかった。
愚かな村人と名も知れない犠牲者に対する哀れみから生まれた怒りだった。
二人は圧倒されているようだが、閉じ込められた獏良には何も出来ない。
「ま、まあ、そこでじっと大人しくしてるんだな。そうすれば、シャクチ様のお迎えが来る」
「アンタもこの村の住人に生まれ変わって施しが貰えるようになるんだよ」
男に続き、老婆が優しく諭すように言った。
「それが『よみがえり』?」
獏良は忌々しげに吐き捨てた。
なんとつまらなく愚かなことだろう。村人たちはその「山の神様」を信じて外の人間を犠牲にしてきたのだ。
灯篭流しや送り火のようなものを想像していたが、これはただのヒトゴロシだ。
「外のアンタには理解できないかもしれないけどな。ずっとオレたちはこうしてきたんだ。分かってくれな」
男はそう言い残すと、老婆と一緒に洞窟を去っていった。
薄らとした明かりも消え、洞窟は闇に包まれる。
「分かりたくもない」
もう立っていられず、岩壁に背を預けた。
「ごめん、バクラ……」
「気にすんな。気をつけろと言ったが、オレにもこれは想定外だ」
獏良が目を覚ましたのと、ほとんど同時にバクラの意識も戻っていた。
「それより、代わりな。お前よりマシだろう」
男の言葉によると、睡眠薬の効果は本当ならまだ続いている時間だったらしい。
身体が怠いのは無理矢理起きてしまったからだろう。
「ありがと……」
ゆっくりと獏良が目を閉じる。次に目が開くと、バクラに入れ替わっていた。
身体に睡眠薬が効いているのは変わりない。
重い身体をバクラは引きずるように動かした。
光がないので、壁伝いに洞窟を歩いて行く。
ずっとここを「使ってきた」のだろうから、供え物を手助けするようなものはないだろう。
それでも、慎重に辺りを探る。
扉から離れたところで、さらに奥へ洞窟が続いていることに気づいた。
「まあ、出口があるはずないが……行ってみるか?」
「うん……」
獏良の声は弱弱しい。命に別条がないと分かっていても、バクラを苛立たせた。
やられっぱなしはバクラの性分には合わない。
――ここを出たら、あのババアと野郎をブチ殺すか。
物騒なことを心の中でそっと呟く。
復活をした後は、よっぽどのことがない限りは乱暴はしないと獏良と約束を交わしているが、相当に腹が立っていた。
それでも、バクラは冷静に洞窟の奥へと足を進める。
奥へと続く道は人ひとりがやっと通れるほどだ。
足元にも注意をしながら歩いた。
100メートルほど進んだだろうか。
洞窟の奥から仄かな明かりが漏れてきた。
警戒を解かずにバクラは明かりへ向かう。
奥はやはり行き止まりだったが、天井には薄く亀裂が入っており、外の光が微かに射し込んでいる。
眠っている間に夜が明けていたらしい。
それよりも、バクラはこの洞窟の一番奥にあるものに目が釘付けになった。
「なるほど。ここがその神様とやらの棲み家なのか」
そこには石造りの小さな祠が立っていた。
高さはバクラの腰の位置ほどしかないが、立派に切妻屋根が付いている。
古いもののようで、苔に覆われ、あちこちが欠けている。
明かりが足りないので絶対とは言い切れないが、それ以外に目立つものはなさそうだ。
「念のために、あの祠調べてみるか」
「うん、気をつけて……」
バクラは祠にゆっくりと近づく。
光があるとはいえ、油断はできない。
祠の目の前まで辿り着くと、祠の正面には扉が付いていることが分かった。
恐らく、神像のようなものが入っているのだろう。
「これで神サマの正体が分かるか?」
バクラが扉にてを伸ばした時――。
微かに音がした。
しゅるしゅる――。
そして、何かが這うような音。
バクラは一歩だけ後退をした。
身を低くして臨戦態勢へと入る。
音は正面からした。
祠の他には一見何もないはずなのに。
バクラは上着の内ポケットからバタフライナイフを取り出した。
こればかりは相手が素人の村人たちで助かったと思う。荷物を奪うだけでろくな身体検査をしなかったのだろう。
玩具のようなナイフだが、ないより大分ましだ。
ナイフの刃を出して、身体を庇うように構える。
音のする祠の周辺にじっと目を凝らす。
祠の後ろは行き止まりで、岩壁だけがあるはずだった。
そこには光が届かない。
壁が微かに動いている。
まるで、生きているように脈打っていた。
いや――。
よく見れば、その動き一つ一つに意志があるようで、それが壁全体を動かしている見えるだけだ。
シュルシュルという音が壁から地面に伝い、壁を蠢く何かがこちらに向かってにじりよってきた。
暗闇の中で地面も津波のように動いて見えた。
やがて、天井からの光に照らされ、その正体が見えた。
「なるほど、これが神サマの正体か」
それは壁一面に巣食う無数の白蛇だった。
その一部がしゅるしゅるとバクラに向かってにじり寄っていたのだ。
その数は異常だ。
自然に増えてきたにしても、珍しい白蛇の群れ。
それこそ昔の村人たちが神と呼んでもおかしくない。
「大人しく岩牢にいたら干からびる。助けを求めて奥に行けば神サマに殺されるって寸法か。いい趣味してるぜ」
大きな種類ではないが、さすがに数が多すぎる。
毒を持っている蛇の種類は少ないとはいえ、万が一ということもある。
それに、この数に一度に襲われたら一溜まりもない。
「……バクラ、蛇は一番古い信仰対象なんだよ。昔から崇められていたそれは間違いなく神だ……」
意識を失いそうになりながらも、獏良は目の前の光景を視界に入れていた。
「それに、蛇は生と死の象徴だよ。だから、『よみがえり』だったんだ……」
蛇の脱皮をする様は輪廻転生を表すと、世界各地で神聖なものとして見られている。
たかが爬虫類でも、人間たちに崇めたてられれば神になる。
「神サマだか、黄泉返りだか知らねえが、こんな辛気臭え村に繋ぎ止められるのはごめんだぜ」
「……そうだね。こんなの終わらせよう」
二人の意志が重なり、白蛇の群れの前に二つの心を持った一人の盗賊が立っていた。
「あの祠をぶち壊しゃあいいのか?」
舌舐めずりをして、バクラが蛇の群れを睨みつける。
祠周辺は蛇の棲み家になっているのだろう。おいそれと近づくのは難しそうに見えた。
「物騒だなあ……。でも、しょうがないね」
「神殺し、上等だぜ。このオレ様に蛇とは、なかなかトンチが利いてるじゃねえか」
もう、獏良にもバクラを止める理由がなかった。
蛇は絡み合い、ちろちろと舌を出しながら向かってくる。
ある程度距離を縮めると、頭を引っ込めるように止まった。
「蛇は筋肉が発達してるって聞いたことがある……!」
獏良の言葉が終わるか終わらないかの内に、一匹の蛇が飛びかかってきた。
地面からバクラの身体まで一飛び。瞬間的なことだった。
鋭い牙を剥き出し、噛みつこうと口を広げる。
バクラは素早くナイフを横一線に薙いだ。
蛇の息の根を止めることは出来なかったが、傷つけることには成功した。
地面に蛇がぽとりと落ちる。
蛇の群れが一瞬だけ動きを止めた。
そして、怪我を負った蛇を含めて、群れが波のようにバクラから引いていった。
まるで人間のように感情を持っているように感じられた。
こいつは油断ならない。そう言っているようだった。
壁際に蛇が一塊になり、さながら一匹の大蛇のように見えた。
「もう、こんなことはやめて山へ帰るんだ……」
バクラの中で獏良が語りかける。
「無駄だぜ、宿主。もう、人の味を覚えちまってるだろ」
大蛇は獏良の言葉を否定するようにうねる。
そして、一斉に大口を開け、尻尾を震わせて威嚇をした。
シャーという音が洞窟に響く。
それは、まさに昔話にある巨大な大蛇のようだった。
圧倒的な威圧感に身体が吹き飛ばされそうになる。
「うっ……」
意識を手放したのは獏良の方だった。
「宿主!」
バクラが心の内側に呼びかけるが、返事はない。
薬が抜けきっていないのだ。むしろ、ここまで持った方が奇跡だった。
バクラも重い身体をやっとのことで動かせているくらいだ。
獏良が目覚めないことが分かると、バクラはナイフを下ろした。
「なあ、神様よ。こいつの命だけは見逃してくれねえか」
その瞳は静かに大蛇を真っ向から見つめる。
「こいつはオレの一番大事なモンなんだよ」
バクラは目線を落とし、微かに笑みを浮かべる。


自分が冥界に還るなんてことは、どうでも良かったのだ。
獏良が自分のことのように奔走しているから、受け入れているだけのこと。
魂がどうなろうと、それまで獏良のそばにいられれば良かった。
既に二度なくなった命だ。
いっそのこと、永遠に獏良の中に溶けてしまえばいいとさえ思う。


「分かるか?こいつが今のオレの全てだ」
再び大蛇が大きくうねった。
「分かんねえよな……。蛇畜生なんかにはなァ」
頭を下げ、飛びかかろうと身を縮めている。
バクラはナイフの刃を大蛇に向ける。
ぴたりと動きを止めた次の瞬間、大蛇は勢いよくバクラに向かって飛びかかってきた。
それには応戦せず、バクラは後ろに跳躍して逃れる。
目標を失った大蛇の頭が無様に地面に落ちた。
真っ向勝負など最初から狙ってはいない。
「人間に仇なすようになった神サマを何て呼ぶか知ってるか?」
バクラの身体は天井の光からも逃れ、闇に溶け込んでいる。
本来なら、蛇が暗闇の中で獲物を見失うはずはない。
しかし、バクラは完全に闇と同化していた。
その瞬間だけは大蛇の視界から完全に消えたのだ。
大蛇はバクラの姿を捉えようと頭を上げる。
地面を這い、自らも闇の中へ身を投じる。
きっと、驕っていたのだろう。
この山で自分に勝てるものなどいないと。
自分以上の存在などいないと。
ちっぽけな洞窟の中で長年にも渡り、王座に居座り続けていたものの浅はかな行動だった。
果たして、大蛇が気づいたかどうかは分からない。
後ろに舌舐めずりをして獲物を待ち構えているものがあったということに。
「邪神って言うんだぜ」
バクラは背後から大蛇の頭部目掛けてナイフを振り下ろした。


「これで、今年は豊作になるといいねえ」
居間でお茶をすすりながら老婆が静かに言った。
「今回は随分と若い供えもんだったもんな」
昨今では行われなくなってきたが、この村で古くから行われてきた因習だ。
善悪といった枠からとっくに外れている。
時がくれば、いつものように男が祠に供え物を回収しに行く。
この村では供え物は「供え物」でしかないのだ。
誰も何も言わない。
シャクチ様の食べ残しは人間が触れてはいけないものなので「山へとお返しする」。
それでいつも終わりだった。誰も疑問を持つはずがない。
茶を飲み、菓子を食べ、一仕事を終えた疲れを癒した。
その空気を打ち破るように、廊下からどたどたと激しい足音が聞こえたきた。
何かあったのかと男が立ち上がろうとした時、がらりと居間の引き戸が開けられた。
そこには供えられたはずの少年が立っていた。
その表情は一瞬別人かと思うくらいに荒々しく、服にはべっとりと赤い何かが付いていた。
「アンタ……ッ!」
男は仰け反り、言葉を失った。
「よお、散々やってくれたお返しにプレゼントを持ってきたぜ」
バクラはにやりと口を大きく歪める。
二人が座っている座卓の上に手に持っているものを投げつけた。
がしゃんと湯飲みや小物を弾き飛ばし、べしゃりとそれが座卓の上に乗る。
「ヒッ……!」
老婆が小さく叫び、小刻みに震え始めた。
「シャクチ様ぁ」
男が顔を紙のように皺くちゃにして情けない声を上げた。
それは既に事切れた数匹の白蛇だった。
まるでただの紐のようにくたりとして動かない。
「てめえらの神サマは葬ってやったぜ。精々手厚く弔ってやんな」
呆然とする二人に赤く染まった指を突き付け、バクラは高笑いを上げた。


大蛇の核となる頭部の白蛇の息の根を止めた後のバクラの動きは早かった。
白蛇の群れは形成を崩し、ただの爬虫類と成り下がった。
ある蛇は天井の亀裂から外へ逃げ出そうとし、ある蛇はまだ獲物を諦めずに向かってきた。
統率の取れていない蛇では、もうバクラの相手にならない。
飛びかかってくる蛇を切り裂き、踏み潰し、叩きつけ、数を減らしていった。
残りの蛇が逃げ出すのに時間はかからなかった。
蛇は元々臆病な生物だ。
自分たちが不利と判れば、一目散に引いていった。
次に、バクラは中のものなど確認せずに祠を蹴り倒した。
横倒しにした石造りの祠に、衝撃で崩れた石の一部で殴りつける。
それを祠の原型がなくなるまで繰り返した。
洞窟からの脱出については、一番手間がかからなかった。
刃がボロボロになってしまったナイフを留め金の部分を狙って、ドアの隙間に差し込んだ。
いくら頑丈な扉でも古い型であれば、留め金を外してしまえば簡単に開く。
ただし、ナイフだけでは力が逃げてしまうため、崩した祠の石を当て木代わりにして勢いよく留め金を突いた。
日が暮れる前には、それを全てやってのけた。


さすがに体力の限界を感じたが、この村に留まってはいられない。
老婆と男が我に返る前に、部屋に置きっぱなしになっていた荷物一式を抱え、村の出口に向かい走り出した。
注意は怠らないが、来たときと同じく他の村人と会うことなく脱出できそうだ。
寂れた村であることが、やっと役に立った。
「……やりすぎ」
心の奥から獏良の声が聞こえた。
「お、やっとお目覚めか」
民宿に戻ってきたところで覚醒はしていた。
バクラの格好の有り様を見れば、何があの後に起こったのか察しはつく。
あとは、あの二人とのやりとりで確信した。
「仕方ねえだろ。現実を見せつけてやんなきゃな」
「うん……あれで目覚めてくれればいいけど」
「また、同じ事を繰り返そうがオレたちには関係ないけどな」
所詮は他人事。
この二人が去った後も、村も山も在り続ける。
ただ、あの山に神はいなくなった。
あとは、自然に任せるしかないのだ。
「祟られないといいけどなぁ」
「ハッ!神だの祟りだのが来ても、ココは定員オーバーだっての」
とんとんと親指で胸を指し、バクラはにんまりとした。
見も蓋もない態度に、獏良は困り顔で吹き出した。
「大体、先に手を出してきたのは向こうなんだからな。オレ様は止めたんだぜ」
「珍しいね。なんて言ったの?」
バクラは少しだけ口を噤んだ。
そして、ん?と心の中で首を傾げる獏良に向かい、
「この宿主を怒らせたら、死ぬほど怖いぜってな」
さも楽しそうに答える。
獏良は暫くきょとんとした後、ぷっくりと頬を膨らませた。
後ろの村は夕日により赤く染まりつつあった。

「ねえ、バクラ」
「なんだよ」
「助けてくれてありがとう」
一つの影が村から去っていく。
それを見た者は誰もいなかった。
また、二人は旅立つのだろう。

願わくは、その命が尽きるまでずっと側に――。

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バクラを中心に書きたかったのでこうなりました。
出番を多くしたつもりですが。
映画(DSOD)の様子を見る限り、了くんは考古学者になる可能性が低くなったので、一先ずこの話はここで終わりです。
他にも映画と違ってきてしまったので。
気が向いたら、またぺろっと書くかもです。

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