ばかうけ

Sweet


「ガキかよ。お誕生日を祝って欲しいなんて」
やれやれとバクラは肩を竦めた。
「だって……君じゃないか。今まで祝ってもらえなかった原因は……」
獏良は悔しそうに唇を曲げて顔を伏せる。
今までのことが思い出され、目の縁にじわりと涙が滲んだ。
「おいおい、泣くこたないだろ」
バクラはわしっと獏良の頭に手を置いた。
「泣いてないよ……!」
その手から逃れようと、獏良は頭を左右に振る。
しばらく、その攻防が続き……
「そこまで誕生日ってやつが大切だとは知らなかったな。ま、ハメを外しすぎないようにしろよ」
そう言って、バクラは目の前から姿を消した。
残された獏良は状況が飲み込めずに立ち尽くしていたが、
「行っていいってこと?」
ぽつりと自分の心の中に話しかけた。
しかし、いつまで経っても答えはなかった。


「おめでとー!獏良くん!」
遊戯たちが代わる代わるに祝いの言葉をかけた。
行きつけのハンバーガーショップのジュースで乾杯をする。
「ありがとう!」
満面の笑みで獏良はそれに応えた。
周りの席に座っている何人かの客が、それを目にして目眩を起こしているようだったが、獏良には何のことだか分からなかった。
今日は遊戯たちの奢りだというので、礼を言ってからハンバーガーに齧りつく。
食べ慣れているはずなのに、何倍にも美味しく感じるのだから不思議なものだ。
食べ終わった後に、遊戯たちからささやかなプレゼントを貰った。

遊戯からは、店にあった珍しいゲーム。
杏子からは、欲しいと話していたシリコンスチーマー。
城之内からは、好きそうだという理由から選ばれたM&Wのカード。
本田からは、模型造りに使うデザインナイフ。

プレゼントを貰えると思っていなかったので、嬉しさのあまりに言葉が詰まったが、笑顔を見せることで思いを伝えた。
プレゼントの内容ではなく、用意してくれたことがただ嬉しかった。
その後は、約束通りに遊戯の家に行き、様々なゲームで遊んだ。
獏良が一番望んだことだ。
勝っても負けてもいい。友人たちと目一杯遊びたかったのだ。
夕暮れが近づいた頃、遊戯の家の前で解散することになった。
もう一度全員にお礼を言ってから獏良は帰路についた。
紙袋にまとめて入れてもらったプレゼントを見るたびに顔が緩む。
昨日よりも上機嫌で玄関の戸を開けた。

「ただいまー」
リビングのテーブルに紙袋を置き、中から一つ一つプレゼントを取り出す。
テーブルの上に並べ終えると、自然と笑みが零れた。
こうしてプレゼントを見ていれば、今日の楽しかったことが甦ってくる。
――誕生日ってこんなにいいものだったんだ……。
昔はバースデーケーキやプレゼントを前にはしゃいでいたはずだ。
それを今ではすっかり忘れてしまっていた。
じっとプレゼントを見つめていると、
「随分と早かったなァ」
いつものもう一人が話しかけてきた。
「ハメを外しすぎるなって言ったのは君じゃないか」
今日の獏良は上機嫌なのだ。
少しくらい憎まれ口を叩かれても平気だと強気になれる。
「遊戯にメシ誘われてたのに断ってたじゃねぇか」
確かに、遊戯から家で夕御飯を食べていかないかと言われた。
それはとても嬉しかったのだが、丁重に断って帰った。
その指摘に獏良は拍子の抜けた顔をした。
「なんだそのこと?それも君が言ったんじゃないか」
バクラは眉を寄せて訝しげに獏良を見つめる。
獏良の言葉の意味が何の事だかさっぱり分からなかったのだ。
「行くなって言ったじゃないか。今日は充分楽しめたし……。だから、早く帰って来たんだ」
当然のように胸を張って獏良が答える。
それを聞いてバクラはきょとんとした。
しかし、すぐに大口を開けて笑い出す。
「なんだソレ、お人好しにもほどがあるな。ヒャハハハハ!」
ひとしきり笑った後は、一転して真面目な顔になり、
「どうして、そう思ったんだ」
と静かな口調で獏良に尋ねた。
「どうしてって言われても……」
バクラの要求はとても理不尽なものだった。
だから、ショックを受けたのだが、後から考えてみたら違和感があった。
あまり仲良くするなという言葉の裏に何かあるような気がしたのだ。
ふざけて脅していたように見えて、バクラの瞳の奥は真剣だった。
それは全部感覚的なもので、説明しろと言われても上手く出来ない。
言葉にするならそれは……。

「君が帰って来いって言ったような気がしたから……?」

眉間に皺を寄せて考えながら獏良は答えた。
バクラはその答えに目を細めて表情をやわらげた。
「お前はイイ子だな、宿主」
先ほどまでの馬鹿にするような言い方ではなかった。
訳も分からずに突然褒められ、獏良の頬が紅潮する。
「な、なに?急に」
特別なことを言ったつもりはなかった。
でも、どう見ても目の前のバクラは機嫌が良さそうに見える。
態度はいつもと変わらず横柄だったが、瞳の奥は穏やかな光を灯していた。
「今日は宿主様の誕生日だからな。特別に甘やかしてやることにした」
バクラは獏良の鼻先に指を突きつけた。
その指先を獏良は目を丸くして見つめる。
「なに?」と聞く前に、獏良の視界が塞がる。
ちゅっと音がして、額にキスをされていることに気づいた。
「ななな、なっ」
思わず仰け反って逃れようとするが、今度は頬に唇が触れた。
正確にいえば、感触は何もしない。
だが、とても胸の奥がむず痒くて、どうにかなってしまいそうだった。
バクラは獏良の顔を押さえるように手を添えている。
実体はないのだから、逃れることは簡単だ。
それでも、金縛りになってしまったように身体が動けなかった。
それをいいことに、バクラは鼻の頭にもキスを落としてきた。
キスをされたところが温かく感じる。
とても懐かしい感触だ。
――あ、これ……。
自分でも忘れてしまうくらい昔の思い出。
小さな頃に両親にこうして愛された記憶だ。
もう、甘えることも出来なくなってしまった。
じわりと獏良の瞳から涙が流れ出した。
その涙を掬い取るように瞳にもキスをされる。
獏良は抵抗するのを止め、キスを受け入れ始めた。
小鳥が啄むような優しいキス。
――どうして、今日に限って優しいの?
それは口に出せなかった。
口に出してしまったら、終わってしまいそうだったから。
瞳の次は瞼に。瞼の次は再び頬に。
心地よさに身体がふわふわと浮いているような気分になる。
しかし、それも永遠に続くわけもなく、顎へのキスを最後にバクラから解放された。
「なんてツラしてるんだよ」
にやりと歯を見せてバクラは笑った。
獏良の顔は赤く染まり、涙に濡れ、まるで小さな子供のように無防備な顔をしていた。
「……僕の誕生日だからって、なんでこんなことするの?」
こしこしと涙を袖で拭う。
「んー?なんでだろうねェ」
バクラの言葉は白々しく、考えているフリをしているのは明らかだった。
「今日はお前が主役なんだろ?丁重に扱ってやんなきゃな」
その後は静かな眼差しで見つめられた。
そうすると、獏良の方が気まずい心境になってしまう。
「本当に今日、どうしたの?なんか……」
妙に優しく、寄り添ってくる。
まるでバクラが求めているようだった。
「ほう、宿主様は乱暴にされるのがお好みで?」
「そんなわけないじゃないか!」
ぶんぶんと首を振って否定した。
「なら、大人しく祝われてろよ」
また、頬にちゅっとキスをされる。
獏良はされるがまま、それを受け入れた。
何も感じないはずなのに、身体までくすぐったくなる。
きっと、身体と心は繋がっているんだろうなと獏良は思った。
バクラは夢中で口づけを続けている。
まるで、それは蝶が花の蜜に誘われるようだった。
――ほら、やっぱり……。
何をバクラが思い、何を求めているかは分からない。
「宿主……」
キスの合間に囁かれた小さな呟きが獏良の耳に届く。
耳からぴりぴりと痺れるような刺激が身体中を駆け巡る。
どちらが欲しいのか、したいのか、されたいのか、混ざって分からなくなる。
「……ねえ、僕からお願いしていい?」
うずうずとする気持ちを抑えきれずに、そっとバクラに打ち明けた。
「なんだよ?」
二人の顔はとても近い距離にある。
「……口にもして」
その小さな声のお願いに、バクラはフッと笑った。
「喜んで」

獏良は知らない。
自分の行動がバクラに何をもたらしたのか。
何を救ったのか。

ただ今は、お互いがお互いを求めて口づけを交わした。

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お誕生日おめでとうございます!
20周年記念のお祝いの意味も込めて、お遊び要素も入れてみました。
こちらはお互いがプレゼントみたいな感じで。

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