様々な話題が飛び交う休み時間の賑やかな教室の中で、獏良は他の生徒たちと同様に笑みを浮かべていた。
昨日見た番組の話、流行りの音楽の話、人気ゲームの話。
他愛ない話題だが、この年頃の少年たちを夢中にさせるのには充分だ。
しかし、この場で獏良だけは上の空で、話の内容は全く頭に入っていなかった。
笑顔という仮面を顔に貼りつけ、そこに立っているだけ。
もちろん普段はこうではない。
悩みの種が獏良をそうさせているのだ。
放課後まで時間が過ぎるのを黙ってじっと待っていた。
自宅へ戻り玄関の鍵を閉めると、やっと気分が落ち着いた。
知らず知らずの内に気を張っていたらしい。
どっと疲れが襲ってきた。
行儀が悪いのは承知の上で、制服のままソファに横になった。
手を額に乗せ、今日の自分を振り返ってみる。
上手く笑えていたか。
変なところはなかったか。
普段通りの自分だったか。
思い出したくもないことまで思い出してしまい、獏良の顔に苦悩の表情が浮かんだ。
「だから、やめろって言ったんだ」
「うるさい」
突然降って湧いた声に、獏良は目線も動かさずに言い返した。
その声は、他人の不幸を面白がっているようにしか聞こえない。
獏良の神経を逆撫でした。
そんな獏良にはお構いなしに、声の持ち主であるバクラは言葉を続けた。
「不毛な恋なんてやめちまえよ」
ぎゅっと心臓を鷲掴みにされた気がした。
何もかも、バクラはお見通しなのだ。
どんなに上手く教室では隠せても、バクラには心の内を見透かされてしまう。
最悪の気分だった。
誰にも言わずに、そっと仕舞い込もうとしていた気持ちを無理矢理こじ開けられたのだ。
想い人にも明かさないつもりだったのに。
彼は太陽ように笑う人だ。
裏表がなく、一緒にいてとても心が休まる。
正義感が強くて、自分の身を省みずに困難に立ち向かう力を待っている。
少し考えが足りないところはあるけれど、それが彼の魅力に直結している。
自分とは対極にある人だと獏良は思っている。
だからこそ、惹かれてしまう。
目線で追っていたら気づいてしまった。
もし、獏良がもう少し鈍ければ気づかなかっただろう。
グループの中心ではなく、外側で見守る性格なのが災いしてしまった。
彼が誰を見ているのか分かってしまったのだ。
元々、打ち明けるつもりはなかったとはいえ、想い人が他の人を想うのを見ているのは胸が張り裂けそうだった。
今や獏良にとって教室は息の詰まる場所になってしまっていた。
獏良はぎりりと歯を食い縛った。
当たっているだけに、言い返す言葉もない。
「そう悲観すんなよ。お前の年齢ぐらいだとな、性欲を恋愛と勘違いしちまうんだ。良くある話だよ」
いつになくバクラは饒舌だった。
――そんなに面白いか。僕の心を暴いて。
分かったような口振りが、ますます獏良を腹立たせる。
「――やりてェっていう欲求不満が発散できてねえンだよな。お前の場合」
下世話な話が獏良だけではなく、彼も汚されているようで聞いていられない。
上半身を勢い良く起こし、
「黙れよ!」
あらん限りの声で怒鳴りつけた。
が、それもバクラには通じない。
「おー、こわァ」
ソファの上の獏良を見下ろしたまま、バクラはにやりと笑って見せた。
「オレに八つ当たりするくらいだったらな、言っちまえよ。それで玉砕しろ」
「言えるわけないだろ……」
獏良は顔を強張らせて俯いた。
――分かっているくせに煽るんだ。
「なんでだ?ホモだからか?」
露骨なその言葉に、獏良の耳が付け根まで朱に染まった。
深く考えないようにしていたのだ。
どうせ結ばれることはないのだから。
たまたま好きになった相手が同性だっただけだ。
バクラの顔も見られないまま、
「別に男だからとか、女だからとか関係ない……」
それだけ言い返すことが出来た。
バクラの言葉の数々は、獏良の想いがまるで品のないもののようだと言っているようだった。
恋愛とはもっと綺麗なもののはずだと獏良は思っている。
それを汚い言葉で決めつけて欲しくなかった。
「関係ない、ね。男同士じゃ不毛の極みだと思うが」
バクラは大袈裟にため息をついて肩を竦めた。
「……お前はどうなの」
人の恋路に好き勝手に口を出しておいて、全て他人事のように振る舞うのは許せない。バクラの顔をキッと睨みつけた。
「オレ?」
「人のことを……色々言ってたけど、お前自身はどうなの?自分がろくでもない人や同性と、だったらお笑い草なんだけど」
それはバクラの言う通り、八つ当たりに近いものがあった。
唇をわなわなと震わせながら言葉を発した。
しかし、それは怒りだけではなく、自己嫌悪から生まれたものだ。
いくら相手の言葉が酷いとはいえ、自分の感情をぶつけるのは気持ちのいいものではない。
自分の方が、気分が悪くなる。
獏良は腹の辺りにどす黒いものがもやもやと湧いてくるのを感じた。
それに対し、バクラは冷静だった。
表情を崩さずに獏良を見下ろしている。
だから、獏良は余計に後ろめたさを感じた。
とうとうバクラの目を見ていられなくなり、視線を逸らした。
「お前が一番分かっているだろうが、オレ様には身体がないからよ」
そう言いながら、バクラは仰々しく自分の胸に手を置いた。
その仕草はまるで借りている身体を自慢しているかのようだ。
「顔形も性別も無意味だ」
「ずるい……」
獏良は思わず非難の声を上げた。
最初から回答を放棄しているように聞こえたからだ。
しかし、バクラの言葉はそれで終わりではなかった。
「重要なのは魂と心だ。見目なんざ、ただの飾りだ」
獏良の胸の真ん中に人差し指が突きつけられた。
「生半可な魂じゃ、このオレ様を受け止めきれないだろ。千年リングに相応しい特別な魂じゃなきゃな」
バクラはにやりと口角を上げた。
その瞬間、どきりと獏良の心臓が跳ねた。
それはまるで――。
「この世にただ一つの魂さえあればいい」
――僕のことを好きだと言ってるみたいじゃないか……。
とてもそんなことは口に出せない。
「……それも不毛なんじゃないの」
自分のことかと言ってしまえば、この均衡が崩れる気がした。
喉の奥からそれだけ絞り出した。
「かもな」
バクラはくつくつと笑いながら、胸に突きつけた手を広げた。
その手がそっと獏良の胸に乗る。
服の下にあるのは千年リングだ。
バクラの目は見られなかった。
どんな視線を送られているのか知ってしまったら、逃げられない気がしたからだ。
自分を見つめているのは、いつものように冷たい目でいて欲しい。
「僕たち、バカみたいだね……」
そう願って呟いた。
「そうだな」
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以前も同じテーマで書いたことあるんですが、切り口を変えてみました。
バクラはどういう人間であろうと、器を求める究極の片思い(広い意味で)なんだろうなと思いながら書きました。