『――明日からはしばらく晴れが続く模様です。今夜は久しぶりに星空が見えそうですよ。月の兎も喜ぶでしょうね』
ぷつっ
「久しぶりに晴れかー。やっと洗濯物も布団も干せるよ」
獏良はとても男子高校生とは思えないくらい、すっかり主婦業が板についている。
本人が楽しんで家事をやっているので問題はないのかもしれない。
「この前出しそびれてた服も虫干しして」
「宿主」
「それから……あっ!傘も」
「おい」
「あのままじゃカビが生えちゃうよー」
「宿主ッ!」
一際大きな声を出し、やっと獏良の意識がバクラに向いた。
「なに?」
のほほんとした口調で、獏良が小首を傾げる。
バクラはその様子になんだかどっと疲れを感じた。
この宿主は一般男子校生とどこかが違わないか。
常日頃から何度となくそう思っていた。
現代のことにいまいち疎いせいで、どこがと問われても、はっきりと答えることはできないのだが。
「兎ってなんだ?」
「兎?」
いくらバクラでも、さすがに兎のことは分かっているはずだ。
獏良は質問の意図が分からずに、その言葉を口の中で何度も反復する。
「月の兎がどうのこうの言ってただろ」
「ああ」
やっと意思が通じ、獏良が手をぽんと打つ。
「兎が月で餅をついてるってやつ?」
「はぁっ?」
予備知識も何もないバクラには、当然それぞれの単語を上手く繋げられない。
目を白黒とさせるバクラが珍しく、獏良はくすくすとと笑った。
「ふふふっ。月の模様がね、兎が餅をついているみたいに見えるんだよ。それでできた迷信」
口を動かしながら、こういう解説が前と比べて格段に上手くなったよなと、妙な感慨を覚える。
「他にも地域によって、人の顔だとかとも伝わってるってさ」
バクラは大人しく耳を傾けていた。
おっとりとした口調の獏良が意外にも饒舌かつ明瞭に話すのを聞くのが、バクラの楽しみの一つなのだ。
声が耳に心地良い。
「分かりました?」
「分かった」
満足げに獏良が頷く。
「月ってさ、一番身近にあるから、こういう伝説が沢山あるんだろうね。かぐや姫とかさ」
また耳慣れない単語が飛び出した。
バクラが尋ねる前に、
「日本の昔話」
獏良が補足した。
「どんな話だ」
「聞きたいの?」
バクラからの返答はなかった。
それを肯定と受け取って、獏良はゆっくりと話し始めた。
ちゃんと全部覚えているかなと、思いながら。
「――めでたしめでたし」
「……」
とりあえず、小さい頃に聞かされたように話してみた。
日本人にしか分からないであろうニュアンスが伝わったとは思えない。
バクラは獏良が語り始めてから、ずっと沈黙を通している。
姿を現していないので、反応が全く分からない。
もしかして寝てるのではと、獏良は疑いたくなった。
「……なんでわざわざ月からこっちへ来たんだ?」
お国の違いか、世代の違いか、そういう考え方もあるらしい。
「帰りたくないなんて思うなら、初めから来るんじゃねぇ」
と、不機嫌に鼻を鳴らした。
「大元の話ではね、かぐや姫は罪人で地球に流刑になったってなってるんだよ」
「罪人が罰を気に入っちまったってことか」
バクラは千年リングに手を伸ばした。
獏良には見えないはずだ。
王からすれば、バクラが罪人だ。
バクラにとっては、王が罪人だ。
バクラは思う、しかしどちらもここから離れられないのだと。
どちらもここが在りたい場所であると思ってしまったのだ。
還るべき場所は他にあるのに。
「くくくっ」
「何を考えているのさ?」
バクラは答えなかった。
この宿主なら、これくらいは読めると分かっている。
分かっていて聞いているのだ。
「今夜の月は綺麗だろうね」
「ああ」
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ラブラブからは程遠い、熟年夫婦になってしまいました;
まったりと