眠れない夜は布団をかぶって物語を語る。
獏良家だけにある習慣だ。
両親が眠れない獏良に物語を聞かせていたのが始まり。
獏良が大きくなってからは、妹と二人でするようになった。
妹にせがまれるので、話すのはもっぱら獏良の方だった。
頭まで布団をすっぽりかぶれば、物語の世界に入ることができる。
どんなに眠れなくても、話している方も、聞いている方も、いつの間にか寝てしまうのだから不思議なものだ。
ルールはほぼない。話の内容はどんなものでもいい。
童話でも、体験談でも、自分で作った話でも。
ただし、怖い話や悲しい話は話してはいけない。
とても眠れなくなってしまうから。
出来るなら、心がぽかぽかする楽しい話がいい。
幸せな気持ちになって、いつの間にか寝入ってしまうような。
たくさん話している内に、普通の童話は語り尽くしてしまった。
自然と「その日あった出来事」や「親や友だちから聞いた話」が多くなってくる。
獏良は布団の中で頬杖をついて、妹と二人でたくさんの話を語り合った。
「――そこで父さんが言ったのさ。
『私の持ってきた箱をご覧なさい。それが本物の王家の宝だと言うなら、箱に描かれた紋章と寸分たがわぬ紋章が刻まれているはずです』。
商人はビックリ仰天。父さんに膝をついて謝ったそうだよ」
「ふーん」
現在、深夜の二時を過ぎたところ。
獏良は布団をかぶり、腹這いになって、父親から聞かされた冒険談を語っていた。
語り相手は同じく布団の中にいるバクラだ。
一人では眠れない夜の習慣ができない。
ただの一人言になってしまう。
だから、わざわざバクラを呼び出して語っていた。
「ふーん」とか「はあ」などの気のない相槌ばかりだが、それでも相手がいれば一人言でなくなる。
一人用のベッドに二人で入ると、自然と身体を近づけることになる。
友人と過ごすよりも近い距離で二人だけの時間を過ごしていた。
昔よくしてたように、獏良は話を語ってみせる。
「これで『父さんと悪徳商人の話』はおしまい」
バクラから話すことはなく、獏良が一方的に話すだけだ。
獏良は上機嫌にいくつもの話を披露した。
獏良のお気に入りの話は、父親から聞いた珍しい骨董品とそれにまつわる話なのだが、バクラはほとんど反応をしない。
右から左で何も聞いていないのではないかと獏良の頭を掠めたが、時折話に興味を示すので、しっかりと聞いているらしい。
バクラの興味を引いたのは、貴重な冒険談でも、本当にあった奇跡の話でもない。
獏良が小学校の入学式の時に迷子になった話や、初めて友だちの家に泊まりに行った時に緊張して眠れなくなった話だ。
本当に些細な話なのに、その時に限りバクラは話にしっかりと相槌を打って続きを促した。
「変わった趣味してるね」
「そうかァ?」
獏良は腕を枕代わりにして顎を乗せた。
まだまだ眠くはならない。
少し話をしすぎたようで、喉が疲れてきていた。
バクラは片手で頬杖をつき、横向きにだらりと寝そべっている。
話をする側ではないから呑気なものだ。
「たまには君からも話してよ」
獏良の要求に、今まで腑抜けた目をしていたバクラもさすがに反応した。
「オレが?」
目を開いて獏良の顔をまじまじと見つめる。
「一つで許してあげるから」
しばらく、バクラは視線を宙に泳がせ、
「まあ、滅多に聞けない話も聞かせてもらったしな」
珍しく素直に頷いた。
「昔々、ある国に王サマがいてよ……」
その国には一つの秘密があった。
村を一つ焼いて手に入れた呪われた力により、国の安寧が保たれていたのだ。
村の生き残りはただ一人。
王を恨んで育ったその男は、やがて国王に闘いを挑んだ。
すべてを滅ぼすために。
男は臣下を倒し、逆に呪われた力を手に入れていった。
国王は多くの臣下を失い、男は手に入れた力に飲み込まれ、両者は満身創痍。
勝負の結果は、共倒れ。
その語り口調は穏やかで、ゆっくりと進んでいった。
「国王が倒れても、残った臣下が国を立て直したから、実質的にはその男の負けだな。人生賭けたっていうのに呆気ない話だぜ」
バクラはけらけらと笑いながら話し終えた。
聞いている限りは、どこか遠くの国の、遠い昔のお伽噺。
最後まで口を挟まずに聞いていた獏良は、こてんと首を傾けてバクラに顔を向ける。
その表情はどこか物憂げだった。
「……ルール違反だよ。寂しい話は」
バクラは意外そうに目を丸くして、数回瞬きを繰り返した。
「寂しい、だと?面白いだろ?」
獏良の反応はバクラにとって予想外だった。
父親の冒険譚とさして変わりのない話のつもりだったのだ。
それなのに、目の前の獏良は苦しそうに息を吐く。
「とても寂しい人だね」
――寂しい人。
その言葉がバクラの頭の中に何度も繰り返される。
今の今まで寂しいとは微塵も思ったことがなかった。
「何が寂しいんだ」
だから、バクラは単純な疑問をそのまま獏良にぶつける。
「家族も友達も亡くして、一人で生きたんだよね。最後が復讐で終わるなんて寂しすぎる」
まるで自分のことのように目を潤ませて獏良は答えた。
それは、とても優しく、あたたかな同情。
残念なことに、獏良の同情はその男へは届かない。男はもう生きてはいない。
正確にいえば、闇の中へ……。
「もし、お前なら、その男に何と声をかける?」
バクラの問いに、獏良は視線を下に向ける。
口をへの字にして考え込んだ。
とても難しい質問だ。何もかもを失った男に第三者が何を言っても、気休めにもならないだろう。
しばらくして、獏良はまたバクラの瞳を見つめ、
「僕には出来ない。掛ける言葉なんて見つからない」
迷いなく言い切った。
少しだけ、バクラの目に失望の色が浮かぶ。
今さら何を言われても動じないつもりでいた。
もう、自分の中には、男のものは何も残っていないと思っていたのだ。
心が揺れたことに、バクラ自身が密かに驚いていた。
「……どうかした?」
バクラの些細な変化を逃さずに、獏良は首を捻る。
「いや……」
バクラは前髪を掻き上げ、一呼吸を置いた。冷静に考え直せば、全てがバカらしくなる。
昔のことをあれこれ考えたところで、結局は無駄なのだ。
獏良はじっとバクラの表情を窺っていたが、自分の気づいたことが取り越し苦労だったらしいことが分かると顔を緩ませた。
「僕には何も言えないけど……」
そして、また口を開く。
「そばにいてあげたいと思うよ。その人が寂しくならないように」
柔らかく透き通った声が、獏良の口から発せられた。
布団の中で、二人きりの世界で、囁かれた言葉にどきりとバクラの心臓が跳ね上がる。
バクラに向けた言葉ではない。
それでも、じんわりとバクラの中に獏良の言葉が浸透していく。
「それは……そいつが生きていたら、喜ぶだろうな」
獏良に悟らせないように、声を震わせないように、バクラは小さく言葉を返した。
バクラの中に僅かに残っている心は確かに満たされている。
「よかった」
それを受けた獏良は唇を横に広げる。バクラにはとても眩しい微笑みだ。
顔を見つめているだけで、抱き締めたくなる衝動に駆られる。
「なあ、宿主。キスしていいか?」
今度は自分の欲求を隠すことはしなかった。
「いいよ」
獏良も素直に応じる。目を瞑り、キスを待つ。
バクラの気配を顔のそばに感じた。
そっと触れるだけの優しいキス。
二人の唇が離れると、
「……眠くなった」
バクラは顔を寄せたまま、身体の力を抜いてベッドに沈んだ。
「おやすみ……」
今日の話はこれで終わり。
しばらくして、布団の中で二つの寝息が聞こえ始めた。
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本当はその人に何か言ってあげたいのに、何を言ってあげたらいいか分からない時ってありますよね。
そういう時どうするかという話でした。
話には出て来ませんが、バクラが彼のことをどう思っているのか考えながら書きました。