リビングのテーブルには白い洋菓子店の箱が置かれている。
獏良がキッチンからトレーを持ってやって来た。
トレーの上には、電気ケトルやティーポット、ティーカップなどが乗っている。
「紅茶の時間だよ」と言いながら、獏良はテーブルにトレーを置いた。
「はァ?」
ソファで寛いでいた同居人の訝しげな声には構わずに、トレーの上のものを並べ始める。
「また甘いもん食うのか」
口では否定的なことを述べながらも、獏良のすることに興味はあるらしい。
バクラは立ち上がってテーブルに近づいてきた。
紅茶セットをずらりとテーブルに並べ終え、獏良が改めて手にしたのは紅茶缶だ。
背の低い銀色の丸型で草花をモチーフにしたイラストがプリントされている。まるで小さな宝石箱のよう。
獏良が蓋を開けると、ぽんという軽い音がして、茶葉の香りが微かに漂った。
匙で茶葉を掬い、ティーポットに入れる。その中へケトルからお湯を注ぐ。
ティーポットから立ち上る湯気を閉じ込めるように蓋をした。
「いつもは高くて買えないケーキが安売りしてて。たまには紅茶をいれたいなあと思いついたんだ。君ってインスタントコーヒーばかりだし」
「いちいちめんどーだしな」
バクラは獏良の正面の席についた。テーブルに肘をつき、行儀のいい態度とはいえない。
獏良はとっくに注意をするのを諦めている。
小言を言う代わりに、テーブルに置いてある小さな砂時計をくるりとひっくり返した。
「それは?」
「三分計れる砂時計だよ。紅茶は蒸らさないと」
さらさらと中の砂が落ち始める。
「ンなもん、時計を見りゃいいだろ」
ゆっくりと落ちていく砂は、バクラにはまどろっこしく見えた。焦らされているような気になる。
同じ三分ならタイマーを使った方が簡単なはずだ。
「僕はこっちの方が好きなの」
獏良は砂時計から目を離さずに口だけを動かした。
「ああ、お前はアナログ派だったな。面倒好きめ」
バクラの頭に浮かんだのは、机に向かって黙々と模型を作る獏良の姿だ。
獏良はテレビゲームよりもテーブルゲームの方を好む。
バクラは決して口には出さないが、獏良のそんな趣味を気に入っていた。
「好きだよ」
あっさりとバクラの皮肉混じりの言葉が肯定される。
「自分の手で動かした方が実感できるから好き。自分の手の中で形が出来ていくのも好き」
砂時計に見入ったままの獏良の顔は穏やかで、その場の空気も和ませていく。
「自己満足かもしれないけど、手間をかける喜びっていうのかな」
砂時計の砂は半分以上落ち、下部に山が出来ている。
「砂時計も。時間は目には見えないけど、こうやって違う形で見られるから」
バクラにはただの砂にしか見えない砂が、きっと獏良には一粒一粒が時間の流れに見えているのだろう。そして、そんな時間を大切にしている。
共感は出来なくても、砂時計を見つめる姿を見ればバクラでも察しはつく。
そうこうしている内に、さらりと最後の砂が落ちきった。
「はい、出来上がり」
獏良はティーポットを傾け、カップに紅茶を注いだ。湯気と共に紅茶の香りが部屋に広がる。
「一口いかが?」
紅茶を待つ時間も、獏良の表情も、全てが緩やかで、バクラの心は少しだけ解けていた。
「一口だけな」
獏良の肉体にバクラが移り、二人の位置が逆転する。
バクラはカップを持ち、一口だけ紅茶をすすった。
紅茶のほのかな甘さと独特の渋みが口の中に広がり、優しい香りが鼻へ抜ける。
紅茶の善し悪しなどバクラには分からないが、目の前で丁寧に淹れていた獏良の姿を思い出せば、美味しいような気になる。
バクラがカップから口を離すと、獏良は満足げな表情を浮かべていた。
「うん、僕ってやっぱり面倒なことが好きなんだ」
そして、最後に一言だけ付け加えた。
「だから、君のことも。ね?」
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勝手に砂時計付きエジプト紅茶缶発売記念。
紅茶の時間っていいですよね。