「『その言葉に……老人は一瞥の視線をなげかけると……ため息をひとつ吐いて……』」
獏良はぽつりぽつりと呟きながら、ノートに文章を書きこんでいく。趣味であるTRPGのシナリオだ。
ゲームマスターの仕事は多い。ゲームの進行だけではない。こうしてシナリオを作るだけではなく、ゲームの舞台やNPCキャラクターも事前に用意しなくてはならないのだ。
獏良は友人たちと集まって遊んでいる時間も好きだが、準備をする時間も大切にしていた。
プレイヤーに喜んでもらえるシナリオ、ゲームを面白くするための工夫、遊んでいる友人たちの笑顔などを想像しながら準備することはとてもワクワクするのだ。
子供が次の日の遠足が楽しみで眠れなくなるのと似ている。ゲームが始まるまでの束の間の幸せ。
「『――とうとう冒険者たちの目の前に闇の支配者が姿を……』」
カリカリと順調に進めていたが、ある一箇所でピタリとペンが止まった。
足りない。
物語に何かが足りない気がした。物語の筋は通っているし、ルールにも則っている。
しかし、面白いゲームであるかどうかという視点では、首を傾げざるを得ないのだ。
ゲームを盛り上げるものがもう一つあれば、もっと面白くなるはず……。
獏良は机の上に並べているキャラクターたちに視線を送った。
市販されているキャラクターもあるが、ここに並んでいるのは全て手製のものだ。
人形作りも獏良の好きな準備の一つ。命を吹き込むように作ってやると、キャラクターたちが生き生きするような気がする。
自己満足と言われれば、そうなのかもしれないが、獏良は人形作りにも手を抜かない。
普段は棚に飾っているが、今はシナリオ書くために目の前に並べている。
実際にキャラクターたちを見ながらの方が物語を上手く考えられるのだ。
ただの村人――重要なセリフを与えることも出来る――たちやモンスター、ボスまで横一列に並んでいる。
どれも丁寧に作り込んである。中でもボスは会心の出来映えだった。
通常キャラクターたちよりもサイズをただ大きくしただけでなく、アメコミを参考にした攻撃的なデザインに恐れるものなどないといった険しい表情……今まで作ったボスキャラクターたちよりも段違いの迫力を持たせられた。
ボスの名前はゾーク。
昔のゲームから名前を取った。なかなか洒落の利いた名前だと、獏良は自分でも思っている。
このボスをもっと上手く生かしたい。
そんな気持ちが獏良の中にむくむくと湧き上がってきた。
――ボスが突然冒険者たちの前に姿を現すんじゃなくて……何か……別の……。
その時、ピンと閃いたものがあった。
頭に浮かんだイメージが消えないうちに、慌ててシナリオ用のノートを退け、デザイン用のノートのページを開く。
ざかざかと大雑把に思いついた新しいキャラクターを描き始めた。後で丁寧に清書をすればいい。今は出来立てのイメージを形にする方が先だ。
思いついたのは、冒険者を罠にかけるボスの手先。
力強く派手なボスと比べて、裏で動く狡猾なイメージ。
一からキャラクターをデザインするのは骨が折れるが、基本デザインはゲームマスターであり、ボス役でもある自分自身にしてしまえばいい。
敵か味方か判断がつかないように、怪しいマントとフードで顔を隠す。
自分をデフォルメした顔を描き入れたら、迫力が足りなかった。
消しゴムで顔だけ消し、人相を悪く描き直す。
目つきはもっと悪く。何を考えているか分からないような表情で。
なかなか、性格が悪そうに描けた。まるで、自分がベースではないみたいだ。自分のようで自分でない。
出来上がったラフを見つめていると、獏良は不思議な感覚に陥った。
よく出来でいると思う。実際に人形を作ったら、ボスよりも気に入るかもしれない。
新しい物語が頭の中に浮かんできた。
獏良はノートを持ち上げ、キャラクターに話しかけた。
「君には名前はないけど、ゾークの陣地へ冒険者たちを誘い出すのが役目だ。ゾークの分身でもあり、ゾーク自身でもある。大切なキャラクターだよ」
挨拶をするように、にこりと笑いかける。
今度は新しいキャラクターを活躍させるために、再びシナリオ用のノートを取った。
これで、もっと面白いゲームになりそうだ。
完成した時のことを考えると、期待に獏良の胸が弾んだ。
楽しさを抑えきれずに身体が勝手に揺れ、首から提げている千年リングがチリチリと鳴る。
『気に入った』
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TRPG編を読み返していたら、こういうのもアリかもと思いつきました。
バクラ似の子も自分で作ったのかなあ。基本シナリオを作ったのは了くんだよねと。
TRPGで遊んだり、準備をしたりする姿はじっと見ていたんだろうな。そうでなければ、GMは出来ませんよね。