町内でも一、二を争う敷地面積を誇る公園。
噴水と花壇からなる遊歩道やアスレチック広場、スポーツ場などの様々な施設が園内には揃っている。
休日には多くの親子連れが集まる場所だ。
獏良がその日いたのはレクリエーション広場だった。
名前に深い意味などなく、ただのだだっ広い野原だ。
祭りなどのイベント時には活用されるが、普段は閑散としたものだった。
申請を出せばキャンプやバーベキューが出来るようにはなっているが、子供たちにとってはつまらない空地も同然。
この公園に遊びに来る子供たちは、水遊びの出来る噴水やアスレチックにさっさと行ってしまう。
獏良は野原にたった一人で地面に手と膝をついていた。
視線はずっと地面に向かっている。
「幸福の四ツ葉のクローバー」
それは友人から聞いた話だ。
見つけた者の願い事を一つ叶えてくれる。
話を聞いた時には、他の友人たちも懸命に探していた。
一向に見つからないので、そのうち子供たちは飽きてしまい、一人、また一人と諦めてしまった。
獏良だけは四ツ葉のクローバーを探し続けていた。
その小さな手のひらも膝も、土ですっかり汚れてしまっている。
探せども探せども、あるのは三ツ葉ばかり。
目の錯覚を起こし、見つけたと喜んで毟ってみたら、ただの三つ葉だということも何回かあった。
それでも獏良は地面から視線を外さずに探し続けた。
そうしているうちに空が茜色に染まり、遠くでカラスが鳴き始めた。
――ああ、もう帰らなくちゃ。ママに怒られる。でも……。
立ち上がるか、もう少し探すか迷い始めた時、右手の人差し指の先の小さなクローバーが目に入った。
豆粒ほどの大きさだ。
獏良は形を崩さないように震える手でそのクローバーを抜いた。
葉の数は――ひい、ふう、みい……よっつある。
「あった……」
ぴょこんとその場に飛び跳ねるようにして立ち上がり、
「あったー!!」
もう一度大きな声で叫ぶ。
興奮で顔が夕焼けに負けないくらい真っ赤に染まった。
早く友人たちに見せたい。いや、家族が先か――うずうずとそんな欲求が溢れた。
兎に角、今日は早く家に帰らなくては。母親が夕飯の支度をしているはず。
獏良は見つけたばかりのクローバーを上着のポケットに慎重にしまいこみ、一目散に自宅へと帰っていった。
その日の夕飯はふわふわと落ち着かなかった。
帰ってすぐに母親と妹に見せても良かったのだが、どうせなら父親も揃っている時がいい。
夕飯時には全員が揃う。見せるならその時だ。
家族の反応を想像してわくわくしながらタイミングを計る。
全員が夕飯を食べ終わり、母親が食後のお茶を煎れ始めた。
いまだ!と獏良は急いで自室に向かった。
自分の椅子にかけていた上着のポケットに手を突っ込む。
指で中を探り……。
――ない。
しっかりとポケットに入れたはずのクローバーがなくなっていた。
――ウソ。
奥の方まで指を入れてみても、何にも触れない。
終いには、上着を逆さまにして振ってみた。埃一つ落ちなかった。
うろうろと部屋や廊下を探してみてもクローバーはない。
しょんぼりと食卓に戻り、黙って席に着く。
どうしたのかと母親に聞かれたが答えられなかった。
内緒にしておいて驚かせようと思ったものが、綺麗さっぱりなくなっていたなんて、悲しくて言えなかったのだ。
翌日の学校で友人たちに四ツ葉を見つけたことは話したが、反応はどれも微妙なものだった。
嘘だとは言われてないし、思われてもいないだろう。
その場にないものの話をしても面白味がない。
「ふーん、そうなんだあ」その程度の反応だった。
四ツ葉はどこにいってしまったのだろうか。
ポケットから忽然と姿を消してしまった。
まるで最初からなかったように。
小さな獏良には、願い事を叶える権利まで失ったように思えた。
「で、リベンジを?」
「いやあ、普通に考えれば、落としたとか母さんがゴミと間違えて捨てたとか、そんなとこなんだろうけど……」
獏良は小さな公園の隅に座り込んで茂みを探っていた。
買い物帰りにふと昔のことを思い出し、通りがかった公園を覗いてみたところ、クローバーの群生を見つけたのだ。
「そんなにお前に叶えたい夢があったとはねェ。それならオレが……」
バクラは獏良の傍らに姿を現し、手伝う素振りも見せずに腕を組んでいる。
「それが笑っちゃうんだけどさあ。昔も今も特に四ツ葉に願いたいことなんてないんだよね」
獏良の手は一つ一つクローバーの葉を撫でていく。
「なんていうのかなあ……。四ツ葉のクローバーを見つけることが夢、なのかなあ」
「なんだそりゃあ。鶏が先か卵が先かっつー話か?」
あるのは三ツ葉ばかりで、四ツ葉は見つかりそうにもない。
子供の頃に見つけたられたのが嘘のようだ。
「いやいや、そんな小難しい話じゃないんだけど……」
獏良はやっと顔を上げ、バクラに視線を送った。
「そういえば、なんだって?さっき。僕に叶えたい夢があるならどうとかって」
「オレ様が叶えてやるってんだよ。お前の願いなら何でも叶えてやるって」
その問いに待ってましたと言わんばかりに、バクラは得意気な笑みを浮かべた。
親指を自分の胸に勢いよく突きつける。
「え。いらない」
が、あっさりとその提案は却下された。
ピタリとバクラの動きが止まり、口角が下がる。
「君の叶え方って良くないんだもの。僕はまだ怒ってるからね」
獏良は穏やかな表情のまま釘を刺し、四ツ葉のクローバー探しに戻った。
ハート型にも見える葉が規則正しく並んでいる様は、緑色の絨毯のようでとても美しい。
しかし、その中に目当てのものは全く見つからない。
あの日、見つけたクローバーは幻だったのだろうか。
あの時、確かに掴んだはずだ。
「んー……。やっぱりないなあ」
四ツ葉ではないものの、大振りで鮮やかな色のクローバーを指で摘まんだ。
押し花にしてみたら、さぞ綺麗だろう。
加工して栞やキーホルダーにしても良いかもしれない。
そういえば……と、獏良は一つ思い出したことがあった。
クローバーの――。
「ケッ。ただの突然変異の半端モンじゃねえか」
バクラはいつの間にか獏良に背を向けて口を尖らせていた。
「また君はそういうことを言う。四ツ葉を見つけたら、あげようと思ってたのに」
腕を組んで不貞腐れたような格好のままで、ちらりと獏良に目を向け、
「雑草なんざいらねェよ」
無愛想に言葉を吐く。
「願い事が叶うんだよ」
「願いはてめえの力で叶えるもんだ」
「君ならそう言うと思った」
獏良はあくまでのんびりとした口調だ。
しかし、バクラの願いが人間にとって良くないものであることには気づいているはず。
知っていて敢えて口にしているのだ。
――大した宿主様だな。
こういう時、バクラは獏良に対して微かな脅威を感じるが、同時に宿主であることを誇りに思っていた。
少しだけバクラの頬が緩む。
「とびっきりの願いじゃなくていいんだよ。
例えば、『夕御飯はカレーがいいな』とか、『明日は晴れがいいな』とか。小さな願いなら、たくさんあるでしょ。
叶ったらラッキーと思えるくらいの」
獏良は立ち上がり、後ろに手を組んだ。
バクラを正面から穏やかな瞳で見つめる。
「そんな下らねえことでいいのかよ」
「うん。なんでも」
そして、声音を変えずに、「下らないこと」を続けて言うように。
「『僕ともう少し仲良くなりたい』とか」
あまりにも自然な口振りなので、バクラは聞き流してしまうところだった。
首を傾けて探るような視線を獏良に向ける。
それも一瞬だけで、
「それは自分で叶える方だな」
満悦げに目を細めて言った。
「あっさり叶っちまったらつまんねェだろ?その方がオレとしては燃える」
目の奥に挑戦的な光を湛えている。
「そう……」
獏良に突き刺さる視線は、心まで持っていかれそうに力強い。
胸がきゅうと締めつけられるのを止められない。
「本当にお前には叶えたい願いはないのか?」
「僕?ないこともないけど」
獏良の手の中には先ほど抜いたクローバーがある。
何の変哲もない三ツ葉のクローバー。
けれども――。
「言ってみな」
少しだけ躊躇いを見せ、獏良はゆっくりと口を開いた。
「僕の願いは……」
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クローバーの花言葉は「私を想って」。
四ツ葉は「私の物になって」。
復讐の意味もあるけど、ここでは使いません。これだけで3ばくを表せます。素敵ですね。