ばかうけ

「オレを身につけろよ……。そうすりゃ扉の場所を教えてやる!」
ウソだ……。
「安心しな!オレは心を入れ替えたのさ!」
信用するもんか!でも……。
「ここでオレを身につけなけりゃ仲間は全員ここから出れねぇ……永遠にな!!」
…………!!

――ほらな、オレに任せて正解だっただろ?

そして、僕たちは友だちになった。


キミはボクのともだち


改めて接してみれば、千年リングの意思はとても話しやすい人だった。人というのもおかしいけれど。
僕が呼べばいつでも返事をしてくれる。
呼ばない限りは話しかけてくることもない。
一人の時間が長い生活を送っている僕にとっては最高の友達だ。
彼は物知りで僕が尋ねたことはなんでも返してくれる。
選択肢に迷ったときも、すぐに正しい答えをくれる。
彼のような決断力は僕にはない。だからとても助かる。
それにゲームの知識が豊富だ。
どんなゲームにも付き合ってくれる。勝てたことはないけど。
TRPGのシナリオを作っているときも、面白くするにはどうすればいいか適格なアドバイスをくれる。
GM側に有利になってゲームバランスが少し悪くなる気がするけど、彼の言う通りにすると確かに面白くなるんだ。
遊戯くんたちは「危ない。千年リングは絶対につけちゃいけない」と言う。
友達として心配してくれるのは分かる。とても嬉しい。
でも、僕は知ってしまったんだ。
千年リングの意思にも心があることを。そして、僕にとても優しくしてくれることを。
彼はもう無理やり僕の身体を操ったりはしない。
僕が不安に思ったときだけ、代わろうかと言ってくる。
次に目を開けたときには、すべてが解決しているんだ。
遊戯くんが御伽くんの家に閉じ込められたときだってそうだ。
あの時、僕は嫌な予感がしたんだ。
そうしたら、「代わってやろうか。見てきてやるよ」と言ってくれた。
後から聞けば、御伽くんに負けそうになっていた遊戯くんを助けてあげたらしい。
だから、僕は彼を信用したいと思う。
それでも、遊戯くんの千年パズルを狙っていた事実は変わらない。
また悪いことをしないように、僕がしっかりと見張っているんだ。
そして、信じる。友達は信じることだって、遊戯くんたちから学んだ。


「君は悪い人なの?」
僕は一度だけ聞いてみた。
そうしたら彼は薄く笑って、遠くを見つつこう言った。
「そう見えるよな?お前がそう思うなら、そうなんだろうよ。そう思ってもらって構わない。だが、オレ個人としては、そうでなければいいと思っているよ」
僕だけは分かってあげなきゃと思った。
彼は僕だけに笑いかけてくれる。口を大きく開ける笑い方じゃなくて、少し唇を上げて見せるだけだけど、僕以外は誰も知らない仕草なんだ。
優しい彼を知っているから、僕は彼を信じたいと思う。


僕は部屋の壁にかかっている時計を見上げ、居ても立ってもいられずにそわそわと椅子の上で身体を揺らした。
「どうした?」
すぐに彼が僕の異変に気づいて声をかけてくれた。
いつもちょうどいいタイミングで声をかけてくれるから気が休まるんだ。
学校の友達にも言いづらいことを彼には打ち明けられる。
僕のことを見てきたはずだから、今さら隠したって意味のないことだもの。
「父さんが帰ってくるんだ」
「ああ、今はインドだったか?それで?」
彼に先を促されて、僕は自分の心境を語った。
久しぶりに帰国をする父さん。顔を見に行きたいけど、仕事一筋の父さんに会うのは同時に緊張もする。
僕はいい息子ではないから。
両親を困らせてばかりの息子だ。
もし会って、父さんが顔をしかめたり、曇らせたりしたら、と思うと怖くてたまらない。
彼は静かに話を聞いてくれた。
そして、僕の頭に手を伸ばし、
「会わないで後悔するくらいなら、会って後悔した方がいいんじゃないか。その方が踏ん切りもつくだろう」
言いながら撫でた。
実態がないから感触はしないけど、この年では恥ずかしいけど、胸にあたたかいものが広がった。
どうして、僕の欲しい言葉をいつもくれるんだろう。
行きたい方へ優しく背中を押してくれる。
僕は彼を見上げて微笑んだ。


それから少し経って、仕事の関係で帰国できなくなったと父さんから連絡が入った。
落胆する僕にバクラは肩に手を置いて、
「いまは会うべきときじゃなかったんだ。そのうちお前にも父親にも最良の時が来る」
やはり慰めてくれた。
バクラの言葉は僕の中にスッと入ってくる。
まるで僕に合わせて出て来た言葉のよう。
他人と話をしていて、すべて合うことはないと思う。どんなに仲の良い友達でも。
だって他人なんだ。当たり前だ。大なり小なり合わないことはある。
そこに折り合いをつけて人間関係は育むものだ。例え家族であってもそうだ。
でも、彼相手だと違う。
少しも合わないところがない。話していて心地いい。
ぎゅっと抱きしめられているみたいだ。
だから、素直に甘えることができる。
僕に何かできることがあるなら、何でもしてあげたい。
こんなに僕に優しくしてくれるんだもの……。
絶対に千年リングは手放さないよ。

「新しいゲームが発売されるんだよ!面白そうだなあ」
「また付き合ってやるよ。ただ、あまり夜更かしはすんなよ。この前、机でうたた寝してただろ」

「寒くなってきたなあ」
「薄着すぎるんじゃないのか。もう少し厚着しろよ。風邪引いたらどうするんだ」

「遊戯くんたちがM&Wの大会に出るんだって。何かしてあげられることあるかな。僕は応援しかできないから」
「応援することができることだろ。オレだったらそれで満足だ」

僕が何かを言う度に隣で頷いてくれる。
それだけのことと言われるかもしれないけど、僕にとってはとても嬉しいこと。
例えば、綺麗な景色だったり、美味しい食べ物だったり、面白い番組だったり、他愛のない内容でも馬鹿にしない。
僕を受け入れてくれている。それにどれだけ僕が救われているか。
もっと早く彼と話していればと思う。
彼は僕のフィギュア作りに関心を抱いたみたいだ。
目を輝かせて僕のことを褒めちぎった。
凄いな器用だなとあんまり熱を込めて言うものだから、恐縮してしまうくらいだ。
これはなかなかできることではないんだと言う。
こんなことで喜んでくれるならいくらでも作るよと返すと、彼は腕組みをして深く頷いた。

だから、古代エジプトのジオラマを作って欲しいと彼が言い出したとき、僕はすぐに首を縦に振った。
これでやっと彼にお返しができる……。


「だいぶ形になってきたけど、まだまだだね」
出来上がったばかりの建物をフィールドに並べる。城下町というなら、もっと建物が必要だ。
彼ができるだけこだわって欲しいと言うので、今までで一番のジオラマにするつもりだ。初めての彼のお願いなんだ。
ただ塗装をするだけじゃ綺麗すぎてしまうから、リアリティを出すために色を何度も重ねている。
手間のかかる作業だけど、今までのお返しと思えば頑張れる。
「あとどれくらいかかりそうだ?」
「うーん……」
ざっと計算して出した日数に彼は口元に手を当てて何かを考え込んでいるようだった。
質を落とせば早めることはできるけど、彼の期待に応えられなくなるし……。
「ごめんね。なるべく早く完成させるから」
僕の言葉に彼は顔を上げてぱちぱちとまばたきをした。
「いや、悪いな。急がせるようなことを言って。腕も痛むだろう?あまり無理するなよ」
僕の腕にはまだ包帯が巻かれている。
バトルシティのときに負った怪我はまだ完治していない。
「うん、ありがとう。でも平気だから」
怪我をした腕で力こぶを作って見せる。
彼は笑ってこくりと小さく頷いた。
まだ未完成の家のパーツを手に取り、僕はカッターで形を切り出していった。
大体の形はできているから、窓やドアなどの細かい部分に手を入れていく。
「今日はできるところまでやっちゃうね。明日は遊戯くんたちと遊びに行くから」
切り残しがないか、照明に向けて家の模型をかざす。
「は?」
やけにはっきりとした彼の声が聞こえた。
あれ?
「言ってなかったっけ?」
「……聞いてねえな」
模型を床に置いて、彼の方へ向き直る。
「ごめん」
床に座ったままで深々と頭を下げた。
いつも一緒にいるから、話した気になっていたのかもしれない。
「まあ、いいさ」
彼は優しい。
僕の望んだ答えを必ずくれる。
だから、僕は迷わず頷く。

「断ってくれるんだろう?ソレ」

いつもの笑顔のままで彼は言った。
「完成が遅れるもんな?」
でも、おかしいな。
合わない。彼の言葉と僕の気持ちが。
頷きたくても頷けない。
「オレのために頑張ってくれるんだよな?」
ほら、彼が求めているのに。
「こ……」
僕の口からで出たのは、
「断れないよ。友達からの誘いは」
今の素直な気持ちだった。
「遊戯くんたちだって大切な友達なんだ。明日の分は今日頑張るから許してくれないかな?」
正直に話せばきっと伝わる。
伝わることを信じて……。大丈夫。分かってくれる。
顔を鼻先まで近づけて、変わらない口調で言った。
「ダメだなあ、宿主。そいつはダメだ。お前の答えは『うん』でなきゃいけない。それ以外は認められない。もう一度チャンスをやるから言ってみな」
目の前の彼は笑っているはずなのに、その瞳は空っぽの空洞のようだった。
僕を見ているはずなのに目が合わない。
何を考えているか分からない。
こんなことは彼と友達になってから初めてだった。
「ごめん……、何を言っているの?認められないって?」
ぴたりと彼の笑顔が固まった。そして、酷くつまらなさそうな顔をした。
「あーあ。もうゲームオーバーかよ。所詮は本物のオトモダチには敵わねえんだなァ」
後ろ頭をガシガシと掻いて、何度も大袈裟に嘆息を漏らした。
僕は彼の急変についていけずに、それをただ見ているだけ。
本当に何を言っているのか分からない。
「本物のお友達」って?
「あのなあ、話を合わせてやってたんだから、少しは言うことを聞けよ。本来なら罰ゲームだが、宿主サマだからな。恩情をかけてやろう」
立ち上がりたいのに足に力が入らない。
彼の右手がゆっくりと僕の頭の上に乗った。いつものように。
あたたかく感じていたはずの手は虚ろに重かった。
「だからな、大人しく続きに取りかかんな。今までお前が望むようにしてやったんだろうがァ」
ずっと僕の耳に彼の声は届いている。
でも、さっぱり理解が追いつかない。
呆然と口から出た言葉は……。
「僕たち友達だよね?」
自分でも言ってから間抜けだなと思った。こんなことしか言えないなんて。
「クッ……」
彼は背中を丸めて小刻みに震え始めた。始めこそ声を押し殺してはいたけど、やがて天井を仰いでゲラゲラと笑い出した。
全身でおかしくて堪らないと言っているようだった。
彼の笑いは一向に止まる気配がなく、それどころかどんどん大きく膨らんでいく。
取りつかれたように笑い続ける彼の様子に僕は見つめることしかできない。
「ヒヒヒ……この期に及んで『友達』か。なかなかに楽しめたぜ。おともだちゲーム。お前の負けだ。残念だったな」
それだけ告げると、また彼は前髪を掻き上げて笑い出した。
ああ、これが本来の彼の笑った顔なのかと、僕はどこか冷静に頷いていた。
あとは夢か幻を見ているような心地だ。
こんなの……。
足腰はまだ震えて立てない。
彼の足に縋ろうとなんとか手を伸ばし――。
空しくすり抜けた。
だってそうだ。彼には身体がないんだもの。
そのまま僕は両手をぺたりと床のタイルについた。
床のタイルがびっくりするほど冷たい。
四つん這いのままの僕に、頭の上から笑い声が降ってくる。
ぽたぽたと床に雫が落ちた。
僕は泣いているのか。悲しいのか。
彼の言葉を信じたくない。嘘だと思いたいのに、先に涙が出てきてしまったんだ。
じゃあ、やっぱり僕は裏切られたと思っているのか。
友達は信じなきゃいけない。でも、彼の言葉を信じてしまったら、彼は嘘をついていたということになってしまう。友達は信じなきゃいけないのに。信じなきゃ。信じたらダメだ。信じるってなに。分からない。分からないよ……。
どこからが嘘で、どこまでが本当だったのか。
「宿主、もう一度チャンスをやろう。コンティニューだ。オトモダチを続けるか、続けないか」
彼はいつも通りの優しい声色に戻っていた。
顔は見えないからいつも通りだ。今も彼は優しく笑っていてくれるんだろうか。
見えなくて良かったと思った。
「もう一度選ばせてやる。決めるのはお前だ。さあ、どうする?」
僕は床に爪を立てて、ガリガリと引っ掻いた。
作業続きで荒れた爪の先がパキリと折れた。
そんなの決まっているじゃないか。

「……続けるよ。君と友達を」

僕にはそれしかないじゃないか。
微かに笑い声が漏れる音がした。
彼の足が後ろに下がり、しゃがみ込んで僕に顔を見せた。
「いい子だ」
目を細くして満面の笑みで彼は僕の頭を撫でた。
これで何もかもが元通り。
そう思うのに、なぜか僕は彼の目を見つめ続けることができなかった。
涙は止まらずに頬を伝っていた。
「どうした?悲しいことでもあったのか?可哀想に」
僕は鼻を啜って笑みの形になるように唇の端を持ち上げた。
「なんでもないよ」


それから数日間はほとんど寝ずに作業をした。自分の手元だけを見ていた。
彼から目を逸らしたかったのかもしれない。
そして、彼の望み通りに古代エジプトのジオラマが完成した。
これで喜んでくれるかな。
そうしたら、本当の友達に……。
集中が切れて床に倒れる僕の傍らで彼が笑っているのを一瞬見た。
あとはもう眠くて、瞼が持ち上がらな……い……。

「楽しかったぜオトモダチごっこ。本当に楽しかったんだよ」

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千年リングの力ではなく言葉だけで支配する。
彼は嘘をついていないと思います。人間とは違う意味で。

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