獏良了は並外れた容姿の持ち主だ。
幼い頃から周囲から羨望の眼差しで見られていた。
特に同世代の女子の態度はあからさまで、他の男子に対するものとは雲泥の差がある。
本人はそういった扱いを鬱陶しく思っていた。
仲の良い友人たちと遊ぶだけで幸せ。
外野から騒がれることなんて望んでない。
なにより、自分の容姿を気に入っていなかったのだ。
鏡よ鏡
休み時間の教室では、絶えず女子生徒たちが離れた位置で獏良に視線を送り、頬を染め合って何事かを口にしている。
教室を移動すれば雛鳥のように後を追う。つかず離れず一定の距離を保って。
獏良の周りにはいつも数名の友人がいる。
その友人たちが防波堤の役割をしているため、無闇に話しかけられたり、プレゼントや手紙を渡されたりされずに済んでいた。
まとわりついてくる視線は落ち着かないが、今に始まったことではないし、見て見ぬ振りをすればいい。
耳が早い友人に聞いたところによると、ファンの女子生徒の間では「獏良了不可侵条約」が結ばれているらしい。
つまりは、ファンが勝手に作った、「抜け駆けは許さない。みんなで獏良くんはみんなのもの。平等に愛でましょう」という決まりだ。
お陰で面倒なやり取りからは解放されるものの、獏良本人としては複雑な心境だった。
実のところ、自分の何がそれほど女子生徒を夢中にさせているのか獏良は分かっていなかった。
女子生徒たちが「可愛い」、「綺麗」などと騒ぎ立てるので、客観的に見ればそうなのだろうとは思う。
煩わしくはあるが、すべて好意から来る行動であることも理解している。
しかし、何度鏡を見つめてみても、それほど自分の容姿が良いものとは思えないのだ。
色素の薄い髪と肌、細すぎる手足。黒目がちな目は少し幼い印象を与える。
獏良はもっと男らしい外見に生まれたかったのだ。
長時間太陽の下にいても一時的に肌が赤くなるだけ。筋肉のつきにくい体質。
無い物ねだり、隣の芝生は青い、と言ってしまえばそれまで。
幾ら他人が褒めても、理想とは真逆の容姿に獏良は飽き飽きしていた。
幼少期は特にそうだった。
小学校に上がる前は今ほど自分の容姿を気にしていなかった。
その頃には既に周りの反応は違っていた。
贔屓こそされなかったが、大人も子どもたちも獏良を好奇の目で見ていた。
その視線を獏良は居心地悪く感じていた。
決して悪感情が込められているわけではないのだが、幼い子どもからすれば不躾な視線は好意も悪意も同じ。
加えて、子ども社会では「同じ」であるということを特に求められる。「変わり者」は敬遠されてしまう。
苛められていたわけではない。
ただ近寄りがたいと思われてしまったのだ。
だから、獏良は自分の容姿が優れていることを自覚する前に、髪の色も肌の色も整った顔さえも嫌っていった。
なんでボクは人と違うの?
ボクの顔が変だから遊んでくれないの?
髪の色がおかしいから?
小学校に上がり、周囲の目が悪意ではなかったことを知った後も、最初に抱いた感情は払拭できなかった。
女子にちやほやされることは、騒がれることが好きではない分、余計に前向きには捉えられなかった。
獏良にとって自分の姿は、いつまでも「風変わりな容姿」で、厄介なことばかり運んできて良いことは一つも生み出さないのだ。
できることなら、普通の容姿に生まれたかった。
贅沢者と言われても、獏良はずっとそう思っていた。
――つい最近までは。
帰宅して自室のドアを開けると、すぐに千年リングの針が一方を指し示した。
はいはい、分かってますと、獏良は心の中で呟いて、部屋着に着替え始める。
本当はお茶を飲んで休憩したいところだが、千年リングの針は待ちきれないと言わんばかりにピンと起き上がったままでいる。
素直に従わないと拗ねてしまうから厄介なものだ。
それでも獏良は困った顔は浮かべるものの、不快には思っていなかった。
着替えが終わり、針の指示通りにベッドの上に腰をかける。
そうすると、目の前にバクラが姿を現した。
姿を現すのなら最初から口で指図をすればいいのにと、獏良は僅かながらの面倒臭さを感じながらも顔には出さない。
回りくどい言動には付き合わされ続けて既に馴れてしまっている。
なにより、いま目の前にいる盗賊はとても上機嫌だ。
下手に口出しをして怒らせるよりも黙って付き合った方がいい。
獏良がベッドに大人しく座っていると、バクラの手がゆっくりと顔付近まで下り、そのまま梳くように髪を撫でた。
梳くようにといっても、身体のないバクラは実際に触れられない。
それでも、ふわりと風に靡くように髪が揺れる。
髪を撫でながら、もう片方の手が獏良の頬を擦った。
「お前、ホントにキレーだな。見てて全然飽きねえ。肌も髪も柔らかいな。そこいらの女なんざ目じゃねえ」
賛辞を口にして吐息を漏らし、何度も獏良を撫でる。
これがバクラの日課だった。
学校では大人しくしている代わりに、自宅では思う存分に獏良を愛でる。
誰にも邪魔されない二人だけの空間で。
心行くまで獏良を独り占めする。
この時間のバクラはいつも上機嫌だ。
素面では聞いていられない口説き文句がぽんぽんと口から飛び出す。
調子の良いことを言ってと抗議をすると、思ったことを言って何が悪いと真顔で返ってくる。
こんなことをわざわざ冗談で言うような性格ではないと分かっていても、獏良は認められないのだ。
忌み嫌っている容姿を称賛されることを。
頭では理解しているが、どうしても感情的に受け入れられない。
「何をそんなに気に入ってるのか知らないけど、それなら鏡を見ればいいんじゃないかな……。僕と同じ姿をしているんだし」
だから、ひねた態度を取ってしまう。
「はあ……?お前は鏡を見てうっとりできるのか?」
手に頬を擦り寄せるバクラにあっさりと切り返される。
何度言葉を重ねられても、結局は自分自身が認めていないのだから、他人の言葉を信じきれるはずもない。
「でも……」と否定を繰り返す。
「メンドクセ」
溜息混じりに吐かれた言葉が痛い。引き寄せたのは獏良自身であるはずなのに。
「そうだよ。面倒臭いんだ、僕は」
さらに可愛いげのない言い方をしてしまった。
しまったとは思っても、撤回する気にはなれない。
逆に、それでも綺麗などと大袈裟なセリフを言えるかと、半ば挑戦的に構えていた。
器として気に入っているから、そんなことを言うのだと。
バクラは慌てず騒がずその場に膝をついた。獏良の手を繰り返し撫で、
「お前の面倒なところも、意外と図太い神経してるところも、口さがない物言いも、全部気に入ってんだがな。心も身体も。お前の中で汚いモンなんか一つもない」
唇で甲に軽く触れ、
「お前が嫌と言ってもやめる気はねえし」
獏良の顔を下から見つめる。熱のこもった眼差し。
ふるふると獏良の身体が震えた。
すぐさま手を振り払ってバクラの視線が届かないところへ逃げ出したかった。
部屋から飛び出しても逃げ隠れる場所なんてない。どこまで行っても付きまとう。
バクラが褒め称える白い肌がどこもかしこも真っ赤に染まり、行き場のない熱で瞳は潤んでいた。
こんなにもすべてを肯定されたら、否定する余地もなく、認めざるを得ない。
少なくとも、目の前の盗賊にとっては、世界で一番美しい存在なのだ。
そして、それを嬉しいと思ってしまっている自分もいる。
気に入らなかった容姿も少しは良いものかもしれないと思えてしまった。
「…………完敗」
バクラはにやりと口端を片方つり上げ、再び獏良の髪に手を伸ばした。
----------------
あらゆる意味で獏良はバクラの大切なものなんだよということで。
小さい頃から全部を見てきて、それでもぞっこんって素敵ではないですか。