ばかうけ

いつからここにいるかわからない。
ボクはいつも一人でまっくらなへやの中にいる。
たかいところに一つだけまどがあって、そこから本がおとされる。
その本がボクのたった一つのたのしみ。
外のせかいがどうなっているかわからない。
本だけが外のせかいのことをおしえてくれる。
だれがもってくるのかわからない。
かべの外にいる人は、なにもいわずに本をおとすから。
ボクは一どだけその人に「きみはだれ」とはなしかけた。
外の人はしつもんにこたえてくれなかった。
たのしそうにわらうこえだけがきこえた。
ボクがはじめてきいた外の人のこえだ。おとこのこえだったとおもう。

背のびをすれば、ほんの少しだけ外が見えるようになった。
ざんねんなことに、マドには金ぞくのさくがついていて、あまりよく見えなかったけど。
そこから出られそうもないことはよく分かった。
やっぱりボクはあの男が本を持ってくるのを待つだけだった。
あいかわらず、あの男はなにも答えてくれない。
ボクをここから出すつもりはないみたいだ。
たぶん、ここにボクを閉じこめたのはあの男なんだと思う。
ボクはなんとかして外の世界を知りたくて、せいいっぱい背のびをしてマドのさくをつかんだ。
手に力を入れて体を持ち上げると、やっとさくのすき間から外の世界が見えた。
そこは血の海だった。
ボクはびっくりして後ろにひっくり返り、床に尻もちをついた。
ケタケタと笑い声が外から聞こえてきた。
あの男だ。
すき間から見えたのは、あの男のまっ赤にぬりたくられた目だった。
はじめて、あの男と目が合った。

僕は暗い部屋の中であいつが来るのを待つ。
それしかすることがないからだ。
僕の背の高さは窓格子とほぼ同じになり、男と顔を合わせることができるようになった。
男はどこかで見たような顔をしていたけれど、どうしても思い出せなかった。
目が合うようになってから、男と一言二言会話を交わすようになった。
「調子はどうだ」とか「本は楽しかったか」とか、話しかけられる。
会話を続けられる内容でもなかったし、答えたくもなかった。僕の方から質問をしても答えてもくれない。
だから、僕の答えはほとんど肯定か否定の言葉だけだった。
窓から見える外の世界は、僕の期待したものじゃなかった。
部屋と同じように外も真っ暗で、あいつが顔を出さない限りは闇が広がっている。
壁(部屋の構造も、外がどうなっているかも知らない僕が、壁と呼んでいいものだろうか)が僕とあいつを隔てている。
それが唯一の安心だった。
僕を閉じ込める忌々しい壁だけど、薄っぺらい一枚の壁が僕をあいつから守ってくれる。
「よお、機嫌はどうだ」
あいつが格子窓の向こうに現れた。
「お陰様で」
格子の間から本が差し入れられる。
僕はそれを受け取ろうとしたけど、あいつが手を離さなかった。
本をどんなに引っ張っても、少しも動かない。
格子から見えるあいつは薄気味悪く笑っているだけ。
一体どういうつもりなのか分からない。
遊ばれていることに腹が立って、本から手を放して睨みつける。
僕をからかって満足したのだろうか。あいつは本を部屋の中へ落とし入れた。
「もうすぐ、だな」
それだけ言い残してあいつは去っていった。

***

ある日、獏良が床に座って本を読んでいると、いつものように男の気配がした。
男が部屋の外ではなく、部屋の中にいたことが、いつもと違っていた。
こんなことは今までなかった。
もう、壁は獏良を守ってはくれない。
どうやって部屋の中に入ったのか考える前に、獏良は血相を変えてその場に立ち上がり、後退ろうとした。
しかし、その前に男が腕を伸ばし、獏良を絡め捕った。
片方の手は腕を掴み、もう片方の手は腰を引き寄せる。
「とうとう見つけたぞ!アレを!」
男はいつになく声を上擦らせていた。
獏良には言葉の意味が一つも分からない。
アレが何を指すのかも。
「この時を待っていた」
男の口が耳まで裂けてしまうのでないかと思うほど歪んだ。
「やはり、お前を苗床に選んで正解だった」
獏良が力いっぱい逃れようとしても、手首を掴む手も腰に絡みつく腕もびくともしない。
「さあ。盗みに行こうぜ、宿主」
男は壁に向かって獏良を引きずっていく。
「ど……こへ」
「お前がずっと出たがってた外だ」
獏良に喜びの感情は欠片も生まれなかった。
理解が追いつかないまま背筋に冷たいものが走っていた。
「アレが手に入る。アレが」
男は夢見るような眼差しを遠くに向けた。
その視線が獏良の不安を掻き立てる。
「アレ?」
対する答えがない代わりに男は口を横に広げた。
「なあ、宿主。今日は記念すべき日だ。お前は……オレたちは、今日生まれ変わる。オレ様とお前の二人でアイツを葬り去る」
「何を……言ってるんだ?」
獏良を閉じ込めていた壁がぼろぼろと黒い粒子となって消えていく。
外の世界が徐々に獏良の前に現れる。
「待っているぜ。オトモダチとゲームフィールドが」
暗闇に見えていた外は青空が広がっていた。
二人はワルツを踊るように外の世界へ飛び出した。
「ハッピーバースデイ」

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こういう初めてはいかがでしょうか。

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