ばかうけ

「フー、暑いね」
「そんな格好じゃ、半日も持たないだろ。これ羽織っとけ」
男は自分の着ていた赤い衣を獏良に投げて寄越した。
褐色の引き締まった男の身体が露になる。
確かにこの酷熱に半袖のシャツでいるのは自殺行為だ。
獏良は有り難く貸してもらうことにした。
「ありがとう。キミはいいの?」
衣を肩にかけたことで自分とこの男のサイズの違いが露呈し、なんだか新鮮な気分を感じた。
獏良の身近にいる存在だとこうはいかない。
「これくらいどうってことねぇよ。修羅場は無駄にくぐってきたからよ」
そう言って、男は快活に笑った。
「で、バクラはこれからどうするの?」
名前を呼ぶことに多少の抵抗を覚悟していたが、口に出してしまうとどうということはない。
目の前にいる男は獏良のよく知っている男であり、同時にまったく違う存在だった。
時の流れの違いがそうさせているのだと、獏良は思った。

三千年という時は長すぎる。

「……」
バクラは獏良の表情を盗み見た。
そんなところまでペラペラ喋ってよいものか。
獏良は得体が知れない。
初めて視界に飛び込んだときは、あやかしの類かと思った。
砂漠の黄土に白が鮮やかで、儚く消えてしまいそうで、それは明らかに人の美しさではないように見えた。
それでも興味を持ってしまったのは、よく知っているその色のせいか。
生まれについて散々尋ねてみたが、曖昧な答えしか返ってこない。
そのくせ初対面のはずなのに、知っているような口振りで話す。
しまいにはさすがのバクラも諦めた。
獏良には話してもいいかもしれない。
不思議とそう思った。
身の上話をするのはいつぶりだろう。
「ここの国の王を知っているか?」
答えが分かっているのに尋ねてみた。
案の定獏良はふるふると首を横に振った。
「お前の国はどうだか知らねぇが、王ってヤツはよォ、身勝手なもんだ。てめぇの国を守っているつもりらしいが、そこにいるちっぽけな人間のことなんざ考えてもねぇんだ。いざとなったら"国"を守るために切り捨てることなんざ、屁でもねぇのさ……」
少し熱くなってしまったらしい。
喋りすぎたと、内心舌を打った。
そうさせるのは、獏良の力のせいなのだろうか。
獏良本人はただただ微笑を浮かべて聞くだけだったというのに。
さすがに決まりが悪くなり、
「わりぃな、面白くもねぇ話を聞かせて。今の話は忘れろ」
ガシガシと後ろ頭を掻いた。
目の前にいる真っ白な少年は、争いやら確執とは一切関係の無いところに立っている気がする。
それどころか、バクラとは対極に位置しているのだろう。
「ううん。つまんなくないよ。バクラは王さまが嫌いなんだね」
バクラの顔を覗き込むように、上目遣いで見つめた。
かっちりと青と紫の瞳がぶつかった。
獏良の瞳は澄んだ空の色のようで、恐ろしいほど汚れがない。
心の内を見透かされているように感じる。
しかしバクラはそれを用心深く、おくびにも出さないように心がけた。
「そうだ。だから」
「王さまを殺す?」
獏良の唇が残酷な調べを奏でた。
それも天使のような微笑みを浮かべて。
その姿は人を誑かすあやかしを思わせた。
バクラは目を細めるだけで何も答えなかった。
「そう」
沈黙をイエスと取り、獏良は頷いた。
「説教しねぇのかよ?」
暴力はいけないだの、愛で平和が生まれるだの、獏良はいかにも諭しそうな容姿をしている。
「ううん。だってバクラはもう決めたんでしょ?だから僕は止めないよ」
そう言いながら、ゆっくりと獏良が歩み寄ってきた。
目と鼻の先まで二人の距離は狭まるが、何故だかバクラの身体は動かない。
魔の息でもかかったように、視線に釘づけになった。
「だって、僕が止めても聞かないもん。キミって」
獏良がおかしそうにくすくすと笑い、更に顔を寄せた。
やはりオレを知っているのかと尋ねる前に、バクラの額に柔らかい感触がした。
ほんの一瞬。
甘い匂いがその瞬間だけ香った。
「……なんかのまじないか?」
唇がようやく動いた。
「そう。上手くいきますようにって」
「効きそうだな。ま、どうせなら別なとこがイイけどなぁ」
柄にもなく照れてしまったのを隠すために、わざと下品な笑いを浮かべた。
身体を重ねた女は幾人もいるが、それだけだ。
欲を吐き出すのにキスは要らない。
久しく感じていなかった温もりに戸惑いを感じる。
「今度会ったらね」
獏良は羽織っていた衣を剥ぎ、
「ありがとう、これ」
バクラにかけた。
「ああ」
もう終わりの時間だ。
確信はなかったが、二人ともそう感じた。
「キミに会えて良かったよ」
最後にそう言い残し、獏良の姿が消えた。
「オレもだ」
衣に袖を通しながらバクラは思う。
また会える。
近くはないが、いずれまた会うだろうと。
そういえば名前を聞くのを忘れた。
今度会ったら聞けば良い。
衣からまだ微かに獏良の香りが残っていた。

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お初の盗賊王です。
結構前に書いておいたものをおもいっきり切って、手直ししたものです。お陰で了くん何者?って感じです。
盗賊王と了くんは素直な感じが良いかも。
バクラと了くんだと両方とも意地を張ったりするので。

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