01.おはよう
君に囁く最初の言葉
いま何時なんだろう。
半分動き始めた獏良の頭の中で、もう起きなきゃという思考とまだ眠っていたいという思考がせめぎ合っていた。
朧げな頭で思い返してみれば、今日は休日。
もう少しゆっくりしていたって構わない。
確か目覚まし時計を遅めにかけていたはずだ。
色々と考えているうちにすっかり頭が動き始めてしまった。
――起きよう……。
そうと決めれば、まぶたを開けるのは容易い。
ゆっくりと目を開き、目の前の光景が飛び込んできた瞬間、
「……?!!」
声を上げかけた。
寸でのところで声を噛み殺し、混乱する頭を叱咤して状況確認を促す。
裸のバクラが目の前で寝ている。
そして自分も丸裸。
バクラの片腕が獏良の腰にしっかり巻きついていて離れそうもない。
もう片方の腕は獏良の頭の下に敷かれていて、いわゆる腕枕の体勢をとっていた。
ということは、今の今までバクラの腕の中で眠っていたということになる。
昨日は確か早めに床につこうとベッドに潜りこんだはずだ。
そしてバクラの心の部屋の戸を叩き、そして……
――うわーッ!
頬が紅潮して胸の鼓動が、どくんどくんと痛いくらいに暴れだした。
一時的な記憶喪失が嘘のように、ありありと昨日の光景が脳裏に浮かぶ。
熱っぽい瞳で見つめられて、甘く囁かれた。
ゆっくりと押し倒されて、髪、こめかみ、まぶた、頬、首……口づけを雨のように落とされた。
獏良はバクラに終始身を委ねていた。
身体を繋げたというより、心が繋げたと表現する方が正しいかもしれない。
性交渉の経験がほとんどない獏良だから、何もかもがすんなり上手くいきましたと言えば嘘になる。
それでも、無理矢理抱かれているときには感じられなかった満足感に涙した。
今から思えば、恥ずかしいことを熱に浮されたように言ったような記憶もある。
冷静な頭で思い出せば出すほど、逃げ出したくなるような衝動に駆られる。
ウソみたいに優しかった。
それがウソでも幻でもなかったことは、今こうしてバクラ自身が証明している。
以前は冷たいと感じた腕が温かく、獏良を包み込んでいる。
初めて見るバクラの寝顔をじっと見つめた。
普段からは想像出来ないほど安らかであどけない。
獏良の姿を借りているとはいえ全くの別人なのだから、自分の寝顔とは違うと思う。
――こんな顔も出来るんだ。
新な発見がなんだかこそばゆい。
このままでいたいななどと、ぼんやりと考えた。
「……バクラ」
獏良が愛しげに小さく名前を囁いた。
それに応じるようにゆっくりとバクラが目を開けた。
眠気まなこで獏良を見つめていたかと思うと、獏良の身体を引き寄せた。
見つめ合っているのはどことなく気まずいと思っていた獏良にとって、この行動は好都合だ。
上手い具合に目線が外れた。
「寝ぼけてる?」
「いいや」
少々掠れ気味の声が頭の上から降ってきた。
腰に添えられていた手が獏良の髪をかきあげる。
獏良はその心地良さにうっとりと目を細めた。
いま自分の感じている思いは共有出来ているだろうか?
「りょう……」
「なに?」
「もう少しこのままでいて良いか?」
その問い掛けに獏良は顔を上げ、微笑んで見せた。
「良いよ」
その答えにバクラの瞳が優しく揺れた。
遅めにかけた目覚まし時計が鳴りだすまで……。
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休まることのない二人だったので、こういう時間があっても良いかなと思って書きました。
初めて二人が心を通わせて寝た朝。