ベッドに入って眠りにつくには、どれくらいの時間がかかるだろうか。
すとんと眠りに落ちていってしまうこともあれば、なかなか寝つけないことだってある。
今夜の獏良は寝つけない方だった。
目を瞑って寝ようとしても、頭の中に余計なことが浮かんでしまって眠れない。
ぐるぐるぐるぐる。
思考の無限回廊だ。
こういう時は、ベッドの中で寝つくまで我慢をするか、いっそのこと起きてしまうかのどちらかを取るしかない。
今日の獏良は後者を取った。
ぱちりと目を開けて暗い天井を見つめる。
チッチッチッと時計の音だけが部屋に響いている。
一人暮らしをしていると、こういう時は少しだけ寂しくて怖い。
獏良はごろんと寝返りを打って横を向いた。
すると、思いもかけない光景を目にし、少しだけ瞬きを繰り返した。
が、すぐに嬉しげに目を細める。
修学旅行の夜に先生から隠れるような小声で、
「やあ、君も眠れないの?」
と囁いた。
いつの間にかバクラが横に姿を現していたのだ。
ベッドの上で横になり、天井を見つめている。
身体の重みがないので全く気づかなかった。
バクラは視線だけ獏良の方を向けた。
「寝すぎた」
くすくすとベッドの中から笑い声が漏れる。
「なら、いいもの作ってあげよう」
6 ホットミルク
獏良は身体を起こして、ベッドから下りた。
身体を冷やさないように上着を肩にかける。
ぺたぺたと暗い家の中をキッチンまで歩いて行った。
その後ろを音も無く、バクラがついてくる。
コンロの上の電気だけを点けた。
キッチンが仄かな灯りで照らされる。
棚からはミルクパン、冷蔵庫からは牛乳を取り出す。
ミルクパンにとくとくと牛乳を注ぎ込んだ。
コンロにそれを置き、火をつける。
火の加減はごくごく弱火だ。
獏良は中身が固まらないようにヘラでかき混ぜ始めた。
沸騰させないように注意をしながら。
「本当はレンジですぐ出来るんだけど、僕はこっちの方が美味しくなる気がして好きなんだ。母さんが昔こうして作ってくれたからかなあ」
ヘラを持つ手はゆっくりと優しく円を描いている。
牛乳が温まってきたところで、獏良は小さなボトルを取り出してきた。
「寝る前はダメなんだけど、独り暮らしの特権だね」
ボトルの中身を少しだけミルクパンの中に垂らす。
黄金色の液体がゆっくりと牛乳の白色に混ざって溶けていく。
微かに甘い香りが漂った。
はちみつだ。
さらにヘラで沈まないようにかき混ぜる。
ふつふつと泡が立ってくると火を止めた。
最後にぐるりと全体をヘラでひっくり返すようにして馴染ませる。
出来上がったホットミルクを獏良のお気に入りのマグカップにゆっくりと注ぎ込んだ。
ただの牛乳のはずなのに、白い湯気が立ち上がり、とても美味しそうに見える。
獏良はカップを持って暗いリビングのソファに腰かけた。
さっそくホットミルクを一すすりする。
ほんのりと甘い味が口に広がる。
これを飲むと不思議と落ち着くのだ。
「身体もあったまるし、眠れそうな気がするでしょ」
キッチンに立っている間に、バクラの姿は消えていた。
「気のせいじゃねえの」
しかし、きっちりと返事は返ってきた。
「気のせいも大事だよ」
獏良はカップを両手で包み込んだ。
温かさが指先からじんわりと伝わってくる。
また、少し口に入れた。
今度は身体の中から温かさが広がる。
獏良はゆっくりとカップの中のものを飲んでいった。
「ふう……」
空になったカップをテーブルの上に置く。
「眠れそうな気がする……」
瞼が少し重くなっているのを感じた。
「単純だなァ。お前は」
そう言うバクラの声には欠伸が混じっていた。
それに気づいた獏良は、口元に微笑みを浮かべる。
身体も重たくなり、いっそのことソファで寝てしまおうかなという気分になった。
「……一杯ご馳走になった礼だ。ベッドまで運んでやる」
「ありがと……」
うつらうつらと舟をこぎ始めた獏良に代わり、バクラがそっと立ち上がった。
リビングから寝室へゆっくりと向かう。
ゆらゆらとその優しい振動が、獏良を眠りに誘っていった。
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甘いの意味を取り違えたかな。
ホットミルクは好きな題材らしく、過去二回も書いてます。
温めただけなのに雰囲気が出る不思議な飲み物。