ばかうけ

02.ありがとう


笑顔で伝えたい


静かにコーヒーをかき混ぜながら、獏良は落ち着かない様子で瞳をきょときょととさ迷わせた。
ここは落ち着いた雰囲気が売りの喫茶店。
商品の値段が高めに設定してあるせいで学生が寄りつかない。
メニューを見たときに軽くめまいを感じたくらいだ。
血を吐くような思いで一番安いコーヒーを注文した。
店内には身奇麗にした客がぽつりぽつりと席を埋めているだけだ。
清潔すぎて逆に居心地が悪くなる。
自分が異物のように錯覚してしまう。
気分を落ち着けようとコーヒーを啜るが、全くの無意味だった。
獏良はこの心の乱れの原因が場所のせいではないことは、充分過ぎるほど自認していた。
腕時計を一瞥する。

待ち合わせの時間まであと十分。

胸元で揺れているリングのあいつは、ほれ見たことかとほくそ笑んでいるだろうか、それとも 眉間に皺を寄せているだろうか。

――仕方ないんだよバクラ。

昨日から何度か呟いている言葉を頭の中で反芻した。

時間が出来たので久しぶりに顔が見たいと、数日前に父親から電話があった。
近況報告を兼ねて父親と食事をすることは定例になっていた。
しかし回を重ねても、心が揺らぐのを止められない。
それを見透かされてバクラに口出しを何度かされた。
嫌なら行かなきゃいいだろうと。
ただでさえ突然の一人暮しで心配をかけているので、そういうわけにはいかない。

――嫌じゃないんだよ……ただ……

恐い。

迷惑をかけまいと家族の元から離れた。
それだけではない。
周りの無神経な人間と同じように家族に恐れられて疎まれたくなかった。
嫌われるくらいならと、傷つく前にこちらから離れた。
童実野町に来たことで遊戯たちに会えた。
でも、その選択が正しかったとは今でも言えない。
代わりに色々なものを失ったから。

待ち合わせまであと五分。

家族はまだ自分を愛していてくれるだろうか。
押し寄せてくる不安の波を振り払うように、ぎゅっと目をつぶって手を握りしめた。
「了、もう来てたのか」
不意に声がかかった。
「父さん」
父親が獏良の向い側の席に腰かけた。
両膝の握りこぶしが小刻みに震える。

――大丈夫。落ち着け。

平常の顔を無理矢理作り、父親に言葉を投げかける。
「久しぶりだね」

――恐くなんかない。

視界の隅に白い姿がふと目に入った。
そのまま視線を向けると、仏頂面のバクラが獏良の隣の席に座っていた。
店員にも父親にも決して見えることはない。
足を組んでどっかりと椅子に腰を降ろした姿は笑いを誘うほど横柄で、獏良はぷっと吹き出した。
「どうしたんだ?」
「ううん。何でもない」

――そうだよね。僕にはお前がいるんだ。

一度瞬くと、手はもう震えていなかった。
「お、今日もつけてるのか」
獏良の胸元で揺れる千年リングを指差した。
「うん。いつもつけてるよ」
「いつも?」
家族と暮らしていた頃は気に入っていたとはいえ、四六時中つけていたわけではない。
父親が不思議そうな顔をするのも頷ける。
「そんなに気に入っていたのか?」
「うん……気に入ってるよ……前よりもずっとね」
獏良は柔らかく微笑んで、手をバクラの手の上に乗せた。
小さく口を動かし、無音の言葉を伝える。
『ありがとう』

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一応アニメに出てきたので…お父さん、良いです…よね?
バクラさんは何もしない方が合ってるかなと思って、何もしてません。
でも、「お義父さん、息子さんを下さい」状態です(笑)。

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