03.ごめんな
頑固な口からは絶対出ない。
絶対言わないって思ってたのに……。
頭がくらくらする。
我ながら覚束ない足取りで台所まで歩いて冷蔵庫を開けた。
どうにも喉がカラカラで、ペットボトルを鷲掴み、中の水を一気に飲み干す。
冷たい液体が喉を流れ落ちて潤す。
「……はー」
少しは落ち着いたみたいだ。
連日連夜、遅くまで根を詰めているから体がだるい。
寝不足のせいで微熱もあるみたいだ。
いい加減少しは休んだ方がいいかもしれない。
ここで倒れたら元も子もないんだから。
今ジオラマ制作から離れたら、永遠に完成しなくなるような気がする。
『古代エジプトのジオラマ』
作り始めた当初、バクラは期限があるわけではないと言った。
でも、もうすぐ完成させなくちゃいけない。
よくは分からないけど、最近そう思う。
リビングのソファにどっかりと腰を下ろす。
もう一度立つのにはきっと物凄く気力がいるだろうなぁ。
「宿主」
ふわりとバクラが姿を現し、そのまま僕の隣に腰掛ける。
「ジオラマならもう少しで完成するよ」
僕はバクラの顔を見れなかった。
ジオラマが完成したら、確実に前に進むことになる。
その道の向こうにどんな結末が待っていても。
もう止められないんだ。
遊戯くんの友である僕に願うことが許されるのかは分からない。
ただ明日も一ヶ月後も一年後も、もっと先だって一緒にいたい。
僕が一人きりでいる姿なんて、思い描くことはもう出来ない。
でも、先に進まなくちゃならないんだ。
「宿主」
もう一度バクラが僕を呼んだ。
「なに?」
何かを口に出そうと息を吸い込む気配がして、そのまま止まる。
珍しい、言い淀むなんて。
きっと言葉を選んでいるんだろう。
普段はずけずけ物を言うくせに。
僕は黙って待っていた。
ほんの少しの沈黙の後、
「 」
ぽつりとその言葉が紡がれた。
その単純な言葉の意味が一瞬分からなかった。
今までバクラの口からそれが飛び出すことなんて皆無だったから。
でも確かに言った、
「すまねぇ」
って。
何に対してだよ?
僕がお前のためにへとへとになってるから?
それとも……全てのことに?
唇が震え、思うように動かなくて、バクラを問いただすことが出来ない。
代わりに溢れる感情が涙になって僕の頬を伝った。
どうして……?どうして謝るんだよ!
「 」
もう一度バクラが呟いた。
疲れが溜まっていたせいもあるんだと思う。
いったん歯止めが効かなくなった感情は抑え切れなくて、それでもなんとか手で顔を覆うことで声を上げてしまいそうになるのを堪えた。
はらはらと零れる涙は止まらない。
どうして涙は出るんだろう。
一生に流す涙の量が決まっていたなら、こんなに泣く必要はないのに。
これから先にどんなことがあっても泣かなくてすむのに。
「うっ……謝るなよ……悪気……が、ないならッ」
謝らないで。
僕と会ったことを後悔してないなら。
お前が僕に罪の意識を感じるような、そんな関係を望んではいないから。
後悔が胸の内に残るなんてそんなの悲しいじゃないか。
どこまでも強気で前に進めばいい。
それが一番お前らしいよ。
言いたいことが上手く言葉になってくれない。
それでも朧げに僕の気持ちを察したらしく、
「もう言わねぇよ」
ぽつりとバクラが言った。
「お前が泣いて頼んだって言ってやんねぇからな。オレには慈悲っつーもんが欠けてるからなぁ」
からかうような口調だったけど、そのままの意味でないことが僕には分かる。
顔を上げてバクラに泣き腫らした目を向ける。
ふわりと僕の瞼にキスが落とされた。
それが合図になったように急に猛烈な眠気に襲われる。
「む……」
実際バクラがそうさせているのかもしれない。
ぐらりと頭から後ろに倒れる。
ソファだから心配はないはずだ。
一眠りしたらまたジオラマの続きをやろう。
「後悔はしない」
そうだよ。
そんな柔な関係じゃないもの、僕たちは。
そんなの初めて会ったときから分かってるだろう?
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ちょっとしんみりです。
了くんとバクラには後悔してほしくないなぁと。
「もっと一緒にいたかった」よりも「一緒にいられて良かった」と思ってて欲しいです。
そんな希望を最終巻の笑顔に託してみたり。