08.うれしい
一日は二十四時間。
でも、僕にとっては十二時間。
足りない、足りない。
だって、僕らの時間は半分こ。
「なんで?!」
獏良の悲痛な叫びが家中に木霊した。
きょときょと部屋を見回して時計を凝視。
そして、もう一度叫んだ。
「なんで?!」
確かに、獏良は授業のノートをまとめるために机に向かっていた。
獏良の立てていた計画では、夕方までにそれを終わらせてから夕食の仕度、それからのんびりと食卓につく……ことになっていた。
時計を見やれば、六時過ぎ。
最後に時計を見たのが四時。
答えは一つ。
「ひどい……ッ。もう、お前に振り回されてばっかり」
リングにむかって吐き捨てる。
気がつけば知らない場所に立っていたり、何時間も経っていたりする。
自分の生活のまるまる半分を持っていかれた気がして気分が悪い。
この身体も時間も、人生だって自分のものなのだ。
他の誰のものでもない。
くらくらと眩暈を感じ、頭を押さえる。
幸い、昨日の残り物がある。
ご飯も少しばかりとっておいたはずだ。
それに冷凍ものを加えてやれば、何とか食卓と言えるものになる。
どっと疲れを感じた身体に鞭を打ち、のろのろと食事の準備をする。
しかし、食欲はいっこうに沸かなかった。
今の獏良は食欲よりも、バクラに対する不満で占められている。
用意をしたものに箸をつける気にならず、ぼうと黙って座っていた。
少しくらいは気を使ってくれても良いと思う。
もっとも、そういう良心を持ち合わせているのなら、人の身体を乗っ取りはしないだろう。
「はあ……」
ぐるぐると考え、反応のない相手に怒鳴り、倦怠感が獏良を襲う。
今は千年リングを付けている気にはなれない。
リングの紐に手をかける。
紐に頭を通そうとしたどころで、
「え……?あ……」
手がぴたりと止まる。
動かない。
いや、動けない。
固定されてしまったかのように。
「こういう時ばっかり自己主張?」
やるせなさに溜息をつき、諦めて手を放そうとすると、今度はあっさりと自由が効いた。
「ホント、好き勝手……」
獏良が言葉を飲み込む。
半透明のバクラの手が、後ろから獏良の両手首を掴んでいるのに気付いたのだ。
ふうと吐息のような風が獏良のうなじにかかる。
「……っ」
今度は自由を奪われたのではないが、身体が固まったように動かない。
「なに?」
静かに獏良が問う。
返事は来ずに、獏良の背後に暖かい空気が流れた。
おそらく、バクラが背に寄り掛かっているのだろうと獏良は思った。
――謝ってるつもり?
バクラは否定するだろうから、口には出さずに心の中で尋ねた。
獏良の想像が正しければ、迷惑をかけたことや身体を勝手に使ったことを謝っているのではない。
多分、それはバクラにとって譲れないこと。
バクラはただ単に獏良を怒らせたことに謝っているのだ。
獏良はスマートではないバクラの行動にぷっと吹き出した。
「今に始まったことじゃないから別に良いけどね。変わるわけじゃないし」
努めて明るく獏良は言う。
「それにさ、二人で時間を使ってると思えば有効活用なのかな、なんて」
獏良はここでにへらと笑みを一つ。
一人分の時間は減ってしまうけれど、二人で経るのだから、一人よりも何倍も特別な時を送ることが出来る。
十二時間でもない。
二十四時間でもない。
1+1は2ではなくて、もっと大きなものになる。
嬉しさも悲しさも怒りも人より多く感じられるから、それだけで幸せ。
二人で一つではない。
「宿主」
「んー?」
獏良は頭だけを後ろに倒し、バクラの方を見る。
獏良の無防備な唇にバクラの唇が乗せられた。
「なにさ」
別段嫌がる様子はなく、獏良が困ったように笑った。
僕たちの身体は二人で一つ。
でも決して半分ではなくて、
二十四時間
四六時中
二人で知れる喜びを
一人では知らなかった幸せを
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プラスプラスで行きましょう。