ばかうけ

*パラレル設定です。「遊戯王」とは一切関係ない人物も多く出てきます。それでも、大丈夫な方は↓へドウゾ

昔、村にて山の神を祀っていた。その神、気性が荒く傲慢、やがて村民により恐れられるようになる。村民の信仰を失った神は、悪鬼へと身をやつす。
困り果てた村民の元へ外より小さき神々が訪れる。小さき神々は神人和合の道を信条とし、村民と手を取り合う。
邪悪なる神、数では敵わず、村を解放する。村に平和が訪れ、村民には小さき神々より賜った力が子々孫々まで受け継がれていったという。

――キタヨ。キタヨ。
――マッテタヨ。
――サア、イッショニ……。

タタンタタン――。
景色が緩やかに流れていく。晴れ渡る青空を背景に、田畑、森、遠くに見える山々。車窓の大部分が緑色で塗り潰されている。締め切られているはずの窓から青草の匂いが漂ってくるよう。
最寄りのハブ駅から特急列車で二時間、ローカル列車を乗り継いで二つ目。
獏良は二人掛けの席に一人で座り、スクラップブックに目を通していた。これから向かう場所は初めて訪れる。ノートにはその地について自分なりに調べた内容をまとめてある。
電車の揺れる音やのどかな風景は獏良の邪魔をしない。顔を上げずに済んだ。
賑やかすぎる風景はただの雑音になってしまう。今はこの環境が有難いと思えた。旅行や里帰りではなく、勉強をしに来ているのだから。

ある日、大学の掲示板の隅にひっそりと一枚の紙が張られていた。
『研究の補助 若干名 募集』
民俗学・文化人類学を担当する教授の名と共に。
その教授は、壮年期の終わりに差しかかる地味な風貌の男性。大学内でも影が薄く、受け持つ講義はことごとく不人気。九十分もの間、講説垂れ流しというのだから、学生の指示を得られないのも無理はない。
募集の張り紙をしたところで、応募をする物好きがいるのか甚だ疑問だった。
ところが、張り紙を発見してすぐに応募した熱心な学生がいた。
その学生こそ、人文学部在籍の獏良だった。
教授に興味があったわけではない。不人気だと噂の講義を受講したことはあるが、楽しいともつまらないとも思えなかった。
獏良は考古学に精通している父親の影響を受け、将来はそれに近い職業を希望している。だから、教授は休みになるとフィールドワークに出かけるという話を聞いて興味は持っていた。
そこへ募集要項が張り出された。
教授のフィールドワークに同行するということは大きな経験になる。ただ机に向かっているだけでは得られないものだ。だから躊躇いなく飛びついた。
今年の夏は忘れられない思い出ができそうだ。
獏良は現地に着くまでの時間がもどかしく、いそいそとスクラップブックを広げたのだった。
人数は四人。教授と手伝いの学生が三人。他に応募をする学生がいるとは思ってもみなかった。
集合場所で簡単な自己紹介だけ済ませて出発したので、他の学生の人となりは獏良には分からない。学内で見かけたこともない。それでも学ぶ意欲を持つ者同士なのだから話が合うに違いないと期待していたのだが……。
教授は先頭の席に一人で座っている。女子二人が同じ席に並び、残るもう一人の男子は少し離れた席に陣取っている。
元々友人同士らしい女子二人は獏良と同じ二年、男子は四年と聞いた。
会話をしたのは女子の一人とだけで、このローカル列車に乗り換えてすぐのことだった。
ロングウェーブの明るい髪にショートパンツにサンダルといった夏らしい格好。ラインストーンが華やかな空色のネイルチップが手の先にきらきらと光っている。
獏良を物珍しげに繁々と見つめ、前の座席を回転させて向かい合うようにどっかりと尻を乗せた。
「学年一緒だよね?」
この時点でおかしいな、と獏良は疑問を持った。その疑問は顔に出さずに、相手の話に相槌を打つことに専念することにした。
軽い会話を続けるうちに硬い会話しか返さない獏良に飽きたのか、
「つまんなぁい」
それを最後に長髪の女は友人の待つ席へ戻っていった。
これからする手伝いの内容について話しただけなのだが、どこがつまらなかったのか獏良には理解不能だった。
上調子で話しかけてきたところからすると、同行者として仲を深めようとしていたのかもしれない。目立つ外見の獏良は中身も釣り合っているものだとよく勝手に思われる。実際は外見に惹かれて軽薄に近寄ってくる者を苦手としているくらいだ。
恐らく女もそう思って話しかけたのだろうと思うより他なかった。
女との短い会話の中でフィールドワークに興味がないことは漠然と伝わってきた。
歩き回るには不向きの服装を見た時点で首を傾げたのだが、その印象は当たりだったのだ。
『単位ヤバくてー』
女が何気なく吐いた言葉から察するに、手伝うことを条件に単位を要求するつもりか。
そう考えると人気のない教授の元に獏良を除く三人も学生が集まった説明がつく。
もう一人の女――眼鏡をかけたショートヘアで長髪の女よりは控えめの服装をしている――も同じ穴の狢だとして、もう一人の男もそうだろうか。四年のこの時期に実地調査に参加をするなんて随分と余裕がある。卒論も就活もすべて片づいたのだろうか。
駅の自己紹介から一言も喋らず、離れた席でイヤホンをして携帯ゲームの画面から目を離さない姿を見ていると、とてもそうは思えなかった。
みんなで仲良く調査というのは期待しない方がいいかもしれない。
それぞれの席から誰も立たないまま、列車は駅に到着した。
駅舎は平屋建てで構内には待合室や売店などもあり、利用者こそ少ないが広々としている。駅を出ると、目の前には広々としたバスロータリー。周辺にはコンビニやスーパーが見える。
「けっこーちゃんとしたトコじゃん」
長髪の女がきょろきょろと視線をさ迷わせて言った。
そんな言動を見て獏良は落胆した。どうやら車内での推察は当たったらしい。
「こっちだよ」
教授は既にバスの待合所に並んで、女たちを呼んでいる。
ここはこの地域で交通網の中心となる駅。目的地ではない。まず、この駅に出なければ動きようがないのだ。
市営バスに揺られて四十分。乗り継ぎのために降車した頃には、女二人の目は呆気に取られて丸くなっていた。
「どこだよココ……」
見る見るうちに車窓から見える建物が減っていき、山道へ入っていく。
目的地について少しでも調べておけば分かるはずだが、それすらも二人はしなかったようだ。男の方は窓の景色にも興味がないらしい。
次に乗ったバスは見たことも聞いたこともない社名が車体に書かれていた。
手すりや吊革の金具は錆びていて、座席に座るとバネが軋む。
上機嫌に教えてくれた教授によると、目的地に住む有志が出資したお陰でバスの運営が成り立っているという。車両はどこからか中古を買い取って使っているらしい。停留所は市バスとの接続駅と終点のみ。本数は日に数本。
なるほど、と獏良は頷く。市営のバスすら通っていない場所だと交通の便を確保するのも手間がかかるということか。
バスはガタガタと頼りなげな音を吐き出しつつ停留所に到着した。
「なにここ?」
「信じらんない……」
一行が降り立った場所は、山道から続く開けた場所。バスが駐車できるスペースだけ土地が均されていて、背後には今来たばかりの道、前方には鬱蒼と生い茂る木々。他には何もない。つまりはどん詰まりに見える。
「ここからは歩きになるよ」
教授は平然と前へ進む。道を塞いでいるかのような木々の壁には一ヶ所だけ切れ目があった。まるで舗装されていない、両手を広げたくらいの幅がある道。先は見えず、森の中へ飲み込まれるようで、女二人は尻込みをしている。
獏良は事前に調べた目的地一帯の地形を思い出し、少し遅れて教授の背中を追う。
恐らくローカルバスは山の中腹まで進んできたのだろう。目指す場所は山岳地帯に広がる集落。地図上では道路が途中でぷつりと切れ、山中に細切れに記されていた。森林か急斜面が道路を阻んでいるのだろう、と獏良は予想していたのだがその通りだったようだ。
道路が途切れている箇所は自分の足で進むしかない。山岳地帯の住みづらさを身をもって知ることとなった。
なぜこんな場所に人が住んでいるのか疑問が頭をもたげるも、国土の大半が山岳地帯であることを思い出せば、あっさりと腑に落ちる。
当然のことながら、道は頻繁に使われている形跡があった。それでも脇から伸びた枝葉が邪魔をする。一般的な山道に比べれば大分歩きやすくはある。
「もー。こんなの聞いてないってー」
ハイキングに耐えうる服装をしていればの話だが。
あらかじめ目的地の住所は開示されていた。来る前に少し調べていれば、薄着など以ての外だと分かることだ。
獏良はいつものジーンズとスニーカーという服装をやめて登山用のものを身につけている。替えがあれば貸すところだが、さすがに靴は二足も用意していない。女たちと距離を空けないように速度を緩めてやることが精一杯だった。
道を避けて背伸びをする木々はさながら青のトンネル。太陽の光を程よく遮り、澄みきった空気が心地よい。おいでおいでと通行者を奥へと誘う。この山は歓迎してくれるらしい。漠然とそんな考えが浮かんだ。

――キタネ。キタヨ。マッテタヨ。
『来るな』

「――えっ」
唐突に景色が開けた。斜面に沿って家屋と畑が点在しているのが見える。山を切り開いたというより、山に家を据えたという印象。自然そのままの姿をできるだけ残した、のどかな風景が広がっている。全景は確認できないが、高い位置から裾に向かうにつれて家屋が増えていくはずだ。
「うわぁ。どうすんのこれ」
「無理でしょ……」
唖然とする若者たちの輪から一歩遅れ、獏良は背後を振り返った。何か聞こえたような気がしたのだ。
しかし、林のトンネルがぽっかりと口を開けているだけで、誰もいなければ何の気配もしない。
――気のせい?
風の囁きか、葉擦れか。
立ち止まっている間にも、同行者たちは先へ進んでいってしまう。
獏良は慌てて距離を縮めるべく小走りでその場を離れた。
誰もいなくなった林から、チッと微かな音がした。耳を澄ませなければ聞き逃してしまうくらいの。やはり正体は不明で、音の出所を確かめる者は最早いない。あとは、しんと静まり返るのみ。

大学教授と臨時助手が訪れたのは、世帯数五十戸にも満たない、自然がいまだ手つかずのまま残っている、山林に閉ざされた集落だった。
宿泊先として案内されたのは集落で一番大きな木造二階建ての純日本家屋。立派な入母屋屋根が遠くからでも目立つ。母屋と渡り廊下で繋がれた離れと小さな蔵が敷地内にあった。
「ようこそ、いらっしゃいました」
一行を出迎えたのは齢八十前後の村長。この集落には宿泊施設はないという。村長の自宅が会合や客を泊める場所として提供されるらしい。
女二人はあからさまにげんなりと土間で立ち竦んだ。どう見てもベッドやソファが用意された家だとは思えないから現実を受け止め難いのだろう。
教授と男女二人ずつで二階の部屋を割り当てられた。
部屋は八畳の和室。い草の香りが部屋にこもっている。備えつけの家具は卓袱台がポツンと中央に置かれているのみ。男二人では狭くはあるが、寝起きするだけなら問題ない。女二人は今頃また文句を言っているだろうか。
荷物を下ろしたところで三時過ぎ。今からでは何をするにも遅くなってしまう。教授からは今日はゆっくり休むようにと言われている。
「電波入んねーのかよ……」
鋭い舌打ちと共に男がぼやいた。手には荷物から取り出した携帯やらデータ通信端末。そのまま何事か呟きながら部屋を出ていった。
取り残された獏良はこもった空気を入れ替えるために窓を開け放った。外から聞こえるのは鳥や虫の鳴き声のみ。人の声も車の音もしない。雑踏とは無縁の場所だ。一人でそよぐ風を受けていると、心が安らいでいった。

夜の七時を回ってから夕食の席に呼ばれた。案内されたのはダイニングではなく、広々とした宴会場。横長の座卓を繋げて食卓としている。その長辺に全員が座った。
集まったのは客である獏良を含めた五人と村長一家六人。
村長夫婦、村長の弟夫婦とその長男、村長の従弟。一番年下であろう村長の甥っ子が五十歳前後に見える。学生たちは居心地悪く互いに視線を交わした。歓迎されているのだろうが、家族総出でもてなされてはかえって気が引ける。
全員が座ったところで、今度は中年の女が四人、下座から現れて配膳を始める。まだ人がいたのかと驚きつつ、ぎこちなく会釈をした。
村長一家も給仕係もにこにこと同じ満面の笑みを張りつかせている。
こういった席に慣れない学生たちの目には一種異様に映った。
一行の中で教授だけが気にする様子もなく酌を受けて呑気なもの。
食卓に並んだのは、野菜やキノコ、山菜中心。土地柄によるものだろう。中央には立派な鯛の塩焼きが置かれた。わざわざ手に入りにくい海のものまで用意されているとは、村にとっては利益をもたらさない珍客であるはずなのに、まるでお客様扱いだ。
「あたし魚キライ。しかも焼いてあるやつだし」
「古臭いっていうか……」
獏良の隣では女二人が声を潜めて話をしている。せっかくのもてなしも若者たちには伝わらないようだ。獏良にとっても食べ慣れないものばかり。しかし口に入れてしまえば、ゼンマイの煮物もワラビの天ぷらも味わい深く、思わず舌鼓を打った。
わざわざ宴会の席を設けたくらいなのだから、演説が始まるのかと覚悟をしたものの、自己紹介をそれぞれするだけで終わった。多少大袈裟ではあるが、普通の食事会と変わらない。少なくとも獏良は料理をじっくり楽しんだ。
夕食が終わった後には外は真っ暗だった。集落には街灯など頼りになる灯りはほとんどない。日が暮れてしまえば、視界が闇に覆われる。
そんな環境の中でテレビもネットもなければ、あとは寝るだけしかない。自宅であればあっという間に零時を過ぎるところだが、夜もまだ浅い時間にさっさと布団に入ることにした。 しばらく慣れない布団と枕にもぞもぞと身体を揺すっていたが、見知らぬ天井の木目を眺め、涼しげな虫の合唱を聴いているうちに、旅の疲れもあって、すとんと夢の中に誘われたのだった。


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