※この話はオメガバースという特殊設定です。
※パラレルワールドです。
以下、オメガバースのよくある基本設定。
読まなくても読めます。
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オメガバース…男女とは別に、α(アルファ)・β(ベータ)・Ω(オメガ)という第二性が存在する世界観。※これにより、すべての人間が妊娠可能なのが特徴。
狼の生態の特徴である群れのピラミッド状の序列を人間世界に取り入れた獣色の強い設定。
α(アルファ)…優秀とされ、カリスマ性もあり、社会的地位が高い。人口は少ない。ラットという偶発的な発情期がある。Ωのフェロモンに弱い。
β(ベータ)…一番数が多く、いわゆる普通の人間。発情期はない。Ωのフェロモンはあまり効かない。
Ω(オメガ)…非常に数が少ない。社会的地位も低い。月に一度、ヒートという発情期がある。その期間中は仕事に支障が出たりするため、前述の差別や偏見に繋がる。
発情期にはαを引きつけ、ラットを起こさせるフェロモンを分泌する。
番(つがい)…ヒート中のΩのうなじをαが噛むことで成立する関係のこと。Ωは噛まれたαにしか発情しなくなる。番は死ぬまで解消できない。
Ωは望まない相手から噛まれないように、首輪などしてうなじを守ったりする。
とても強い繋がりを感じる魂の番が存在するという噂もある。
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かつて人間には男女という二つの性別があった。男女は愛し合い、子を作る機能を有していたという。しかし、人口の急激な減少により従来の型は意味をなさなくなる。
人類は更なる進化を遂げ、α(アルファ)、β(ベータ)、Ω(オメガ)——新たな三種類の性が誕生したのだった。
バクラはスーツ姿で片方の手には通勤バッグ、もう片方にはビニール袋を提げて自宅へと向かっていた。まだ日は高い。本来なら退勤時間ではない。連日の時間外労働の果てに、やっと仕事が一区切りついた。
気づいたときには残業時間が平均値を超過。さすがに社内で問題になったため、代休を取らされたのだ。
出勤に自由が利く中堅商社という理由で選んだ仕事だが、αということで重宝されすぎているのは困りものだ。第二性に関する特性の科学的根拠はないというのに。αの階級分化フェロモンが存在するのは確かだが、まだそのメカニズムは解明されていない。
それでも、バクラは会社にとって非常に有能な社員であることは間違いない。出社をすれば、上へ下へ、右へ左へ、引っ張りだこだ。実践経験を積むことと人脈作りという理由がなければ、会社をとっくに辞めていた。
社会人になってから年月は経ち、貯金も貯まってきたところ。そろそろ再出発を考える時期かもしれない。
αは人に使われるのには向いていないというのは通説だ。そういう点においては、バクラは非常にαらしい考え方をしているといえる。
バクラはちらりと手にしたビニール袋に視線を送る。表面に印刷された可愛らしいクマのロゴ。中身は最寄り駅の近くで販売されている人気の品。
最近は自宅にはずっと寝に帰るだけで、パートナーとほとんど会話すらできていない。そんな状況からも早く独立起業をしたいと思うのだった。
寄り道はせず、マンションまで直行する。部屋の前まで辿り着くと、解錠してドアを開けた。暗い廊下が視界に入る。パートナーである獏良は在宅仕事をしており、今日も自宅に一日中いるはずだ。それなのに、家の中はしんと静まり返っている。買い物に出かけているのだろうか。
疑問に思いつつリビングまで進む。急な早退だったから連絡を入れなかったことが仇となったかもしれない。せっかく久しぶりに二人きりの時間を過ごせると思ったのだが……。
バクラは椅子に荷物を置き、ネクタイを緩めた。一息つこうとして、寝室への扉に目を向ける。わずかに感じる人の気配。獏良がバクラの帰宅に気づかいのはおかしい。
音を立てず部屋に近づき、そっとドアを開ける。寝室の光景にぎくりと一瞬だけ息が止まる。二人寝用のベッドの中心に獏良が横たわっていた。周囲には物が散乱している。まるで窃盗犯に襲われたかのよう。
バクラは血相を変えて獏良に近寄るも、すぐに拍子抜けした表情を見せる。穏やかな顔ですやすやと心地良さそうに寝息を立てていることに気づいたからだ。勿論、身体には傷一つ見当たらない。胎児のように背中を丸めて大人しく横向きに寝ている。長い髪の間から覗く白いうなじには古い噛み痕。
落ち着いて見れば、散乱している物はバクラの衣類のみだった。クローゼットの奥にしまってあるはずの季節外れのコートまである。獏良はその中心で埋もれていた。
バクラにはこの光景に心当たりがあった。『巣作り』——Ωが好意を持っているαの衣類を集める行為。求愛行動に近いもの。
噂には聞いたことがあるが、目の当たりにしたのは初めてだった。つがいになってからもこのような素振りを見せたことがない。
獏良は夢の中にいてもワイシャツを口元でしっかりと握り締めている。
——何も言わなかったじゃねえか……。
つい一週間前の発情期で、たっぷり愛したばかりだった。その後は仕事に忙殺されてしまったが、顔は毎日合わせていた。今朝も仕事に向かうバクラを平然と見送っていた。
その後にタンスやクローゼットからバクラの衣服を引っ張りだしていたのだろうか。幸せそうな寝顔を見ていると、バクラは身体の奥が熱くなるのを感じた。
獏良は元々極度のα不信だった。出会った頃は自分がΩであることを隠し、αを寄せつけないようにしていた。ラットを起こしたαから酷い目に遭わされたのが原因で、バクラとつがいになってからも、それを忘れることができないようだった。
それが目の前で開けっ広げに本能を曝け出している。じわり、と湧き上がる喜びで喉が鳴る。
「了」
驚かせないように声を抑えて呼びかけ、優しく身体を揺すると、獏良は優雅に伸びをした。
「ん……バク……おはよぉ?」
まだ眠そうに目を擦り、舌足らずに名前を呼ぶ最愛のパートナー。バクラはその身体を腕で包み込み、まだ微睡みにいる無防備な唇を塞ぐ。
「む……?ンッ、ぁ、んん……」
すぐに辿々しく舌が応える。チュ、チュク、チュル、レロ。ねっとりとした水音が耳をくすぐる。柔らかい舌が絡み合う度に熱い息が漏れる。
「んぁ……ふぅ、んっ」
挨拶程度の触れ合いに一つ一つ反応する身体をこのままベッドに押し倒してしまいたい、と込み上げる欲情をバクラは抑える。最後に下唇を軽く吸ってから、熱のこもり始めた身体を離す。艶かしく光る唇が名残惜しそうに薄く開いていた。
まだ獏良はとろんとした目つきで座り込んでいたが、次第にはっきりと意思が宿り、我に返ったように目を開く。
「あ……?え……?仕事は?」
「早く片づいたから帰ってきた」
そこで周囲に散らばった衣服が目に入ったのか、顔が赤く染まっていく。最終的には泣き出しそうな顔をして、
「ちが……これは……違う……うぅ……」
「随分楽しそうなことしてたな」
バクラは堪らず表情を緩めた。目尻を下げ、言葉を詰まらせる獏良をじっと見つめる。
「う……なんかモヤモヤして……たまらなくて……こうしてると安心したから……ううん!そこにあったからで……別に他意があったわけじゃ……」
「ふうん」
必死に弁明を続ける獏良の手にはまだシャツがあった。本能なのか混乱しているだけなのか、しっかりと握って離さない。くっきりと皺ができている。
獏良はバクラの視線を辿り、先にある自身の手中にあるものにやっと気づいた。
「ひうっ……!これは……ちが……うぅ……」
ダンゴムシのように蹲り、意味不明な呻き声を発する。
このまま揶揄っても面白いが、天の岩戸になられたら困る。
バクラは咳を一つ鳴らし、獏良の肩にそっと手を置いた。
「明日も休みになった。ゆっくり過ごせる。どみクマのシュークリームも買ってきたぞ」
穏やかな声に誘われ、涙に濡れた目をした赤い顔が見上げる。
「寂しかったか?悪かったな」
頭を強く振ったせいで乱れた髪を梳いてやると、表情が少し和らいだ。
「……何か物足りない気がして、気づいたらこんなことに……」
「これだけで済んだんだから気にするな。片づけは面倒だけどな」
冗談交じりの後半の言葉に、やっと獏良の口元に笑みが浮かぶ。
「コーヒー淹れるね」
ベッドから降り、嬉しそうにバクラを見つめ、
「それと、お帰り!」
二人の休日が始まったのだった。
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もうつがいになってるところだけお送りしました。
巣作りって最高の設定だと思います。
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