※狼の生態をベースとした設定。人間が獣的です。発情期とか出てくる。
※この話には出てきませんが、男性妊娠がテーマの一つです。
※説明はごちゃついてますが、ノリで読めるようにしました。
以下、オメガバースのよくある基本設定。読まなくても大丈夫です。
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オメガバース…男女とは別に、α(アルファ)・β(ベータ)・Ω(オメガ)という第二性が存在する世界観。※これにより、すべての人間が妊娠可能なのが特徴。
狼の生態を人間世界に取り入れた獣色の強い設定。
α(アルファ)…優秀とされ、カリスマ性もあり、社会的地位が高い。人口は少ない。ラットという偶発的な発情期がある。Ωのフェロモンに弱い。
β(ベータ)…一番数が多く、いわゆる普通の人間。発情期はない。Ωのフェロモンはあまり効かない。
Ω(オメガ)…非常に数が少なく、社会的地位が低い。月に一度、ヒートという発情期がある。その期間中は仕事に支障が出たりするため、前述の差別や偏見に繋がる。
発情期にはαを引きつけ、ラットを起こさせるフェロモンを分泌する。
番(つがい)…ヒート中のΩのうなじをαが噛むことで成立する関係のこと。Ωは噛まれたαにしか発情しなくなる。番は死ぬまで解消できない。
Ωは望まない相手から噛まれないように、首輪などをしてうなじを守る。
とても強い繋がりを感じる魂の番が存在するという俗信もある。
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獏良は包まった布団からもぞもぞと頭を出した。柔らかい感触を堪能すべく身動ぎをしばらくしてから、やっと決心をしてベッドを降りる。長く休めた分、少し身体は楽になっていた。ベッドの上には散乱した大量の衣服。
ぼさぼさの髪のまま窓に歩み寄り、外の景色を眺める。手には白いワイシャツ。鼻元に近づけ、香りを嗅ぐ。途端に安堵感が獏良の中に広がる。自分とは少し違う爽やかな香り。同じ洗剤を使っているのに、身につける者が違うと香りも違ってくるものなのか。
香りに反応して腰がむずむずと疼く。周期にズレがなければ「そろそろ」だ。感覚が動物染みたものになっていく。人間も昔は野生動物だったのだから、変化というより回帰だろうか。
学生時代は忌み嫌っていた己の性質をありのままに受け入れていることは驚くことでもあり、喜ぶべきことだった。それほど彼と住むこの家が安心できる場所だということなのだから。
獏良はとろんとした目つきで遠くを見つめる。
「早く帰ってこないかなあ……」
まだ手に持っているワイシャツの持ち主を求め、祈るように窓辺に佇んでいた——。
オレのΩ、ボクのα
かつて人間には男女という二つの性別があった。男女は愛し合い、子を作る機能を有していたという。しかし、人口の急激な減少により、従来の型は意味をなさなくなる。
人類は更なる進化を遂げ、男女の性は形だけになり、α(アルファ)、β(ベータ)、Ω(オメガ)——新たな三種類の性が誕生したのだった。
*****
昼過ぎ、バクラは顔をしかめて校舎から出てきた。退屈な転入の手続きが終わったところだった。高校など真面目に通うつもりはないのだから、時間の無駄でしかなかった。
転校は何回目になるだろうか。バクラがいくら不快な思いをしても、「α保護プログラム」が放っておいてはくれない。
「α保護プログラム」とは、その名の通りα性である人物を保護するプログラムのこと。αは稀少であるためだという理由づけがされている。
しかし、そうであるなら、もっと稀少であるΩを保護しなくてはおかしい。残念ながら、同等の制度はない。「Ω地位向上政策」が当て嵌まるとされてはいるが、内容は天と地との差がある。
「Ω地位向上政策」は、発情期間中のΩに限り申請できる有給の保証や発情ホルモンを抑える薬の助成金——などの政策を指す。繁殖に特化した性質を持つΩにとっては必要最低限の補助だ。
それを加えても、他の性が大多数を占める世の中でΩは生きづらい。決まった周期に必ず休む職員よりも、能力が平凡であっても休む必要がないβを企業側が求めるからだ。
Ωの体質は変えられないもの。表面上は平等の世界と声高に主張しても、Ωを疎む者は後を絶たない。
比べて「α保護プログラム」は、入学や入社の枠を特別に用意するなど、αだけの優遇措置だ。優秀な遺伝子とされるαの人材は引く手数多で、反対意見は少数になる。
「先生」と呼ばれる政治家を頂点とした社会的地位が高い職業は、この国ではαの家系ばかり。強い発言力を持つ人物たちが国家権力の上層部を占めていれば、自ずとαよりの政策が増える。自然と庶民にもその考えが浸透していく。
Ωを蔑もうとしているわけではない。理解ができないだけなのだ。Ωでない限り、Ωの立場や苦しみなどを知ることはできない。
そして、Ωが持つ発情期などの性質は、労働や社会活動の邪魔になる。Ωの政治家などがいるわけがない。悪循環だ。状況が変わるわけがない。
フェロモンを撒き散らすな、発情期など自己管理ができていない——など無理解がΩ差別の下地を作っている。少数意見は潰され、今の日本がある。日本は第二性の扱いが他の先進国と比べて遅れていると言われているのももっともだ。
バクラはαであることを誇っているわけではなかった。他の人間が自分より劣ることは理解している。それは、αもβもΩも関係ないことだと思っていた。自分以外は愚かだというシンプルな考え方だ。
勝手にαだと持て囃されることも気に食わないし、保護という名目で自由を奪われることも我慢ならない。社会はαを決して放っておかない。
高校に興味はないと態度で示しても、「もっと合う学校を」と何回も紹介された。理由は貴重なαの育成のためだそうだ。下らない制度に反吐が出た。行動を強制することなど何人足りとも許さない。
さらに、バクラは孤児だったが、資産家の遠い親戚がαという血筋目当てで保護者に名乗りを上げた。衣食住を与えて後は知らぬ存ぜぬ。バクラはその親戚の顔もロクに知らない。束縛されることを嫌う性だから好都合ではある。不服を申し立てはしなかった。しかし、利用されることは避けたい。成人したら関係を解消するように公的手続きをするつもりだ。それまであと二年ほど。バクラはこれにも我慢をしなければならない。
何より許せないことは、素晴らしいαと言われながら、Ωのフェロモンには抗えないことだ。世間からお荷物扱いされているΩに屈しているということではないか。
世間では「運命のつがい」などという、ふざけた迷信が罷り通っているのも不愉快だ。
Ωに操られるのなんざごめんだ——と、バクラはこのときまで思っていた。
バクラは不機嫌に鼻を鳴らして校門に向かう。ちらほらと下校する生徒も見られる。これから通うことになる学校なのに、彼らを気にすることはなかった。どうせまた転校することになるのだと興味が湧かない。
そこへ、ふわりと気になる香りが漂ってきた。風に乗ってやってくる甘い香り。バクラが不審に思って足を止めると、香りが鼻腔まで届き、突然目眩に襲われた。理性を奪おうとする蠱惑的な香り。ビリビリと脳神経まで揺さぶられる。バクラは酩酊状態に陥りかけていた。
「——ウッ?!」
この感覚には覚えがある。Ωの発情フェロモンだ。しかし、これほどまでに強烈なものはバクラにとって初めてだった。
頭を押さえ、香りの元を探ろうと、きょろきょろと辺りを見回す。半ば強制的にふらつく足で風上へと向かう。
それほどまでに濃かった香りは突然途切れ、言葉通り跡形もなく消えた。バクラは心の底から湧く正体不明の焦燥感に駆られ、忙しなく周囲の生徒一人一人に視線を送る。早くしないと香りの相手がいなくなってしまう、と勝手に身体が動いていた。
そうしているうちに、やっとΩのフェロモンを感じ取った。先ほどよりずっと薄い微かな香りだ。今度こそは、とバクラはそれに向かって手を伸ばし、一人の生徒の肩を掴んだ。
「わっ?!」
振り向いたのは、小柄な少年。幼さの残る優しげな顔立ち。純真さが宿る大きな眼。首には無骨な黒皮のベルト。そこからは一本の鎖が伸び、逆三角形の大振りなアクセサリが輝いている。
その特徴的なベルトが彼の第二性を表している。間違いないΩだ——。Ωは発情中に首を噛まれることで相手とつがう。つがい関係は自分か相手が死ぬまで解消されないため、Ωには首を保護するチョーカーが必要不可欠となる。誤った行為から身を守るのだ。
「お前……なんて名だ?」
自然とバクラの口から言葉が出ていた。今まで「運命のつがい」など信じていなかった。しかし、相性の良いΩは確かに存在するのだと、たった今身を持って知った。それを世間では「運命」だと呼んでいるのだろう。それほど衝撃的な香りだった。
目の前にいるΩの少年は戸惑いと恐怖の視線をバクラに向けていた。ギラギラと飢えた獣のような目つきをしていたであろうから当然だ。
「え……っ?あの……?」
バクラの手がうなじを阻むベルトに伸び——。
「遊戯くん……!」
悲鳴のような声が背後から聞こえた。同時にバクラとΩの少年の間に疾風のように割って入るもう一人の少年。長く白い髪が靡いていた。バクラの手を勢い良く弾き、Ωの少年を後ろで庇う。
「何の用?」
目が覚めるほどに整った中性的な容姿。髪も肌も透き通るように白い。警戒心を剥き出しにしてバクラに厳しい視線を送っている。
バクラは唇の端を吊り上げて皮肉めいた笑みを浮かべた。
「あんまりだぜ。オレはそのΩに挨拶をしただけじゃねえか」
白い少年にじろじろと値踏みするような目つきを送る。首に何もつけていない。飛び抜けた容姿から察するにαか。二人はつがいなのかと勘繰るも、Ωの少年がつけている首輪がそれを否定する。ならば、契りを交わす前の恋人なのか。
彼より頭一つ分小柄なΩの少年は、背後にすっぽりと隠れて顔を少しだけ覗かせてバクラの様子を見ている。
「残念だけど、この子にはもう相手がいるんだ」
「へえ。あんたが?首輪つきで?」
「違う。僕じゃない。それに首輪の何が悪いんだっ」
バクラは軽い調子で会話をしながら眼光は鋭く少年を射貫く。少年は少したじろぐものの一歩も引かない。弱そうでも根性はあるらしい。
一触即発の状況が続いたところで、「相棒ッ」という呼び声が辺りに響いた。校門の外から堂々とした風貌の少年が近づいてくる。着ているのは、この童実野高校のものではない制服だ。
「相棒に何か用か?」
背丈はΩの少年と変わらないのに、腕組みをした佇まいは圧倒的な雰囲気がある。闖入者の登場で場の空気ががらりと変わった。
バクラは確信する——こいつはαだ。それも血統書つきの。
本能が警告する。縄張りを侵す危険がある。己に歯向かう者。望まない同類。存在自体がいけ好かない。
不快感を表面には出さずに、α相手にも憎まれ口を叩いた。
「このΩはあんたのか?ダメじゃねえか。ちゃんと噛んでやらねえと。誰かに盗られちまうぜ」
言い終わった後に嘲笑をする。威嚇行為のつもりだった。対抗する雄に先制を取った。
「貴様、相棒をΩと呼ぶな!相棒を侮辱することは許さない」
相手は威厳のある態度を崩さずにはっきりと意見を述べた。その言葉に相棒と呼ばれたΩと白髪の少年の表情に安堵が生まれる。空気が一瞬にして変わった。
バクラは奥歯を噛んでαを睨みつける。まるで正義の味方だ。周りを歩いている学生たちも羨望の眼差しを送っている。やはり、いけ好かないαだ——と心の中で舌打ちをした。
*
バクラは高校などくだらないと思っていたが、今まで感じたことのないフェロモンを放つΩと出会い、通う理由を見出だすことができた。生意気なαが囲っているのも意欲が湧く要因だ。横から掻っ攫ってやったら、どれほど気分が良いか。悔しがる姿を想像するだけで奮い立つ。
童実野校に通い始めて、出会ったΩの噂はすぐ耳に入ってきた。Ωは武藤遊戯という名の童実野高校で有名人だった。遊戯を有名にしたのは、彼自身ではなく邪魔をしてきたαのアテムだ。二人はゲームを通じて知り合った恋人同士らしい。
アテムは別の名門校に通う同学年で、政界だか財界だかのエリート一家の長子ということだった。そんな人物に愛されているのだから、遊戯はΩでも学園内で一目置かれている。運命のつがいだと言う者も多い。シンデレラストーリーだとも語られている。遊戯の首輪についている目立つ金色のアクセサリは、将来のつがいに対するアテムからの贈り物らしい。
バクラは彼らの話を聞いて舌打ちをした。遊戯たちカップルはまるでおままごとだ。互いに好意がありながらうなじを噛まないなんて、いかにも箱入りお坊ちゃんの考えそうなこと。つがわなければ、いつ別のαに噛まれて奪い取られるか分からない。それならば、吠え面をかかせてやろうという気になってくる。
バクラは遊戯に狙いを定めることにした。また転校させられないように登校して授業を形だけ受ける。凡人のβたちに合わせた授業は、αであるバクラには退屈極まりない。暇な時間を耐え、休み時間になると隣りにある遊戯のクラスへと向かう。邪魔なアテムは校内にいないから気にせず獲物を狩れる。
ここで問題が生じる。同じクラスにバクラの行動を妨害する者がいた。遊戯と一緒にいた白髪の少年だ。
彼は同じクラスだった。いつも教室を出ようとするバクラを足止めしようとする。遊戯を守っているつもりなのだろう。事前に打ち合わせているのか、そうしているうちに遊戯は何処かへ逃げていってしまう。短い休み時間など、多少の邪魔をされているだけですぐに終わる。バクラはそんな日々に苛立ちを覚えた。
白髪の少年は獏良了という。この少年も別の意味で校内で有名人だった。単純にモデル並に容姿が優れているから目立つのだ。女子生徒たちは毎日飽きずにキャーキャーと騒いでうるさい。
しかも獏良は女子にまとわりつかれても少し困った顔をするだけで、跳ね除けたりしない。だから、ますます女子たちは積極的に迫る。
そんな容姿で成績も優秀だから、獏良は理想のα扱いをされていた。これは個人情報保護のために第二性を明かさないことが定着した社会では異例なこと。もっとも、Ωは首輪の有無ですぐに判断できるが——。
優れた見た目を前に、のぼせ上がった女子たちには自分の第二性など関係ないらしく、βでも「噛まれたい」とか「つがいたい」などと過激なことを口に出す者もいるくらいに校内は加熱していた。
目立つ獏良が行動を起こせば注目を浴びる。バクラのΩ狩りはいつも上手くいかなかった。放課後になれば、今度は校門までアテムが遊戯を迎えにくる。そうなると、もっと手を出しづらい。
いつも何かしらに邪魔をされて自由に動けない状況は、バクラにとってストレス以外の何ものでもなかった。アテムも獏良も気に入らない。
特に獏良の存在は、無関係であるはずなのに関わってくることが理解不能で嫌悪感すらあった。同じαなのにアテムから遊戯を奪う気概がないとは呆れる。友人だからと本人は言うが、αとΩが友人関係など築けないことはαのバクラがよく知っている。Ωのフェロモンを食らえば、αは理性が吹き飛び一発ノックアウトだ。αとして格上のアテムに敵わないから友人のふりをし、Ωにまとわりついているだけのようにバクラには見えた。まるで百獣の王のおこぼれを狙うハイエナだ。嘆かわしい。
*
「ちょっと待って!」
「あ?なんだてめえは」
「また遊戯くんのところに行こうとしてるんだろ?!」
「便所だ。便所。うるせーなあ」
転入以来、獏良との小競り合いが日常と化していた。あまりの煩わしさに、獏良とクラスを分けて欲しいと思ったくらいだ。外見の良さは認めるが、毎回首を突っ込んでくることが鬱陶しいことこの上ない。
一ヶ月ほど経ったある日、バクラは慣れない学校生活と行動制限されるストレスで授業を放棄し、屋上でごろ寝をしていた。
昼休み前で誰も来ないはずの場所で寛いでいると、校内へと続く扉が開いた。そこに立っていたのは、獏良だった。
「チッ、てめえかよ」
驚いた顔をしていた獏良はすぐにムッとした表情になり、
「姿が見えないと思ったら、こんなところで油を売って……。遊戯くんなら今日は休みだよ。残念だったね」
小憎たらしい言葉を吐いた。バクラがそれを気にするはずはなく、フンと鼻で笑う。
「ああ、そうかよ。優等生様が授業中に『こんなところ』に来ていいのかねェ」
「今は自習の時間で、出された課題が早く終わったんだ。あ、そっか。サボってたから分かんないんだー」
互いの間に見えない火花が散る。先に視線を外したのは獏良の方だった。「順番だから仕方がない。屋上は譲ってあげる」と言い、あっさりと踵を返して校舎へと消えた。残されたバクラは訝しげに呟く。
「なんだアイツ……?」
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後半は了くんのターンになります。
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