「キミはここで死ぬんだよ」
まだ幼さの残る少年に向かって、感情のない声が語りかける。
「ひっ」
少年は首を横に何度も何度も振りながら、目の前にあるものを否定する。
――これは幻だ。僕はまだ死なない。
必死に自分に言い聞かせても、視線を一点から離すことが出来ない。
一つの事実から。
「キミは天国に行くんだから、そんなに怖がらなくても良いんだよ」
少年は猶も首を横に振る。
それが日常生活の中なら、心落ち着く穏やかな口調だと思うだろうが、今のこの状況では、逆に薄ら寒いものを感じさせる。
確かに優しい声だろう。
しかし同時に限りなく冷たい。
恐ろしいまでの平常心。
自分の"死"をなんとも思っていないのだ。
感情なく自分に"死"をもたらすのだ、この美しい死神は。
死にたくない。
死にたくない。
「動かないでね」
死神はその手に持った大鎌を大きく振り上げる。
その華奢な身体では到底扱えそうもない大鎌だが、死神にとっては身体の一部と言っても良いくらいの存在で、重さはほとんど感じない。
少年は死の大鎌を前に、かたかたと身体を小刻みに振るわせる。
「これは身体を切り刻むためのものではないんだよ。じっとしていれば全然痛くないから」
言って、死神は鎌の狙いを定める。
その鎌で身体と魂の繋ぎを断ち切るのだ。
その的を正確に斬るのは非常に難しい。
的が小さいという理由もあるが、個体によって微妙に的の位置が擦れているのも問題なのだ。
そして得てして的は大人しくしていない。
狙いが少しでも外れると魂が痛む。
死神にとっては痛くも痒くもないことだが、無痛で逝かせてやることが死神の力量を表すと言っても過言ではないので、たいていは的の中心を狙う。
ごく稀に存在する、痛めつけて楽しむ死神は除いて。
この死神は最高クラスの技能を持っているので、正確に的を斬ることが出来るのだ。
死神は大鎌を無駄のない動作で勢いよく振り下ろす。
「……!」
死にたくない。
動け。
動け。
動けーーー!
ひゅっ
「あーあ」
どさり
「動いちゃ駄目だって言ったのに…」
ぴくりとも動かない少年に向かって、抑揚のない声で死神が話しかける。
もう少年には一切の音も届かないのだが。
完全に少年は事切れていた。
「痛かったでしょ?少しだけ」
少年の身体から青白い光を放つ、球体状の魂が現れた。
その魂はゆっくりと天に上っていく。
「死亡確認」
死神は一枚の紙を取り出し、羅列された名から少年の名を見つけると、ペンで斜線を入れた。
人の命を扱うには薄すぎる紙だった。
ふと死神は魂が昇っていった空を見上げる。
彼には人の気持ちが理解出来ない。
たいがいの人間は彼が目の前に現れると、戦いて抵抗する。
天国に行けば永遠の幸福を約束されるのに、何故あんなにも抵抗するのか。
最期の最期で少年は逃げ出そうとしたので、狙いが少々擦れてしまった。
痛かっただろうに。
そうまでして生きたいと願う気持ちが、彼には分からない。
いや、考えようともしていないのかもしれない。
それが、彼が他の死神よりも死神に相応しくあり、欠落している理由だ。
人の感情など分からない。分からなくて良い。
自分は死神なのだから。
白い髪をなびかせて、彼――了は天界へと飛び立った。
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もうちっとだけ続きます。
バクラ出てないですし(笑)。
死神というと、「神無の鳥」というゲームを連想してしまうので、近づかないように頑張らねば。
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