「相変わらず仕事が早いな」
了の上司にあたるアテムが報告を受けながら、しきりに感心をする。
普通死神は狩らなければならない人間のリストを貰い、決められた期間内に全てを狩るように努める。
一日のノルマを決め、きちんとこなしていれば、無理なく出来る仕事量なのだが、いかんせん期限に間に合わない者が多い。
間に合わなくても人間の死期が延びるだけで大きな障害はないのだが、手早く仕事を終わらせる了は貴重な人材だった。
「そうかな?普通にやってるだけだよ」
謙遜ではなく、心からの疑問に了は首を傾げた。
「普通にやってるだけ」という言葉に、アテムは苦笑いを浮かべた。
「なかなか"普通"はそうはいかないんだぜ。やっぱり了くんは凄いな」
上司と部下の関係ではあるが、長い付き合いになるので了とアテムは親しかった。
しかし、親しいといっても、あくまで全く付き合いのない同僚と比べてであって、やはりどこか一線を引いたところがある。
第一、二人の繋がりは共通の知り合いである遊戯にあ るので、本来ならば、もう少し離れた位置にあるだろう。
「ありがとう」
了が少しはにかむ。
他の死神が見たら驚く光景だ。
了といえば、無愛想な仕事人間というイメージがあるから。
「この調子で頑張ってくれ」
上司として冥界のファラオとして、威厳のある顔でアテムは了を激励した。
新しい獲物リストを片手に、了は思案をしていた。
何かあったときの為に、多めに一日のノルマを設定する。
「これくらい……かな」
歩きながらペンを走らせ、予定を細かく書き込む。
「アテムの旦那への報告は終わったのか?」
唐突に遠くから投げかけられた言葉に顔を上げる。
彼の視線の先には柱に身を預け、偉そうに腕を組んだ男が立っていた。
了と同じ色の長髪に赤い瞳が面白そうに揺れていた。
手に持った大鎌が、男が死神であることを物語っていた。
「何か用?」
つっけんどんに了が尋ねると、男はにやにや笑いながら了を品定めするように眺めた。
「へぇ……噂に違わぬってヤツだな……。あんたに話がある。オレの名はバクラ」
こういう軽薄そうなのは、了の一番癪に障る人種だった。
「キミの名前なんて興味ないよ。さっさと用件を言わないなら、行かせてもらうよ」
了はばっさりと会話を切り捨てて身を翻す。
勿論初めから、この怪しい人物の話を聞く気は毛頭ない。
今度は慌てる様子はなく、バクラは了に向かって言葉を続けた。
「なら手っ取り早く言ってやるぜ。死神 了、あんたの魂を狩る」
その場の空気がぴたりと止まった気がした。
一切の音が、息遣いでさえ、聞こえなくなった。
息苦しい沈黙を唐突に破ったのは、了の方だった。
「あ、そう」
冷たい眼差しでバクラを睨みつけると、足早にその場から離れようとする。
「もっと面白味のあるリアクションを取れねぇのかよ、てめぇはよお!」
さすがに焦った声が、了の後ろから付いてきた。
「馬鹿馬鹿しい。死神の魂を狩れるわけないだろう。そういう冗談、僕、嫌いだから」
時間の無駄だったと、眉間に皺を寄せる了の後ろで、ぴたりと気配が止まった。
つられて了も足を止める。
「聞いたことねぇか?」
不思議な響きだった。
先程まで軽薄だった声が、わめいていた声が、急に静かな美しい音色を奏でる。
どこかで聞いたことのある響きだと、了は思った。
「死神狩り」
その言葉にうっすらと聞き覚えがあった。
永遠の命を持つ死神が、姿を消すことがある。
いつまで経ってもその死神が現れない場合、気に入らない死神を狩って欲しいと、誰かが"何か"に依頼をしたのだという。
その現象をいつの間にか、死神狩りと呼ぶようになったのだ。
噂に興味を持たない了もそれくらいは聞き及んでいた。
「狩れるんだぜ、死神の魂もな」
それは単なる噂でしかなく、とても信じられる話ではない。
だが、その声の響きが真実味を帯びていて信じてしまいそうになる。
そして、多分、この男なら狩れる。
「証拠もないのに信じられると思う?それに、例えそうだとしても、そんなことをして無事に済むわけない」
心の内を悟られないように素っ気無さを装う。
「信じる信じないはあんたが判断するところだ。別に信じて欲しいってぇ話じゃない。だが、オレが全くの『無事』だと思うかぁ?」
言って、バクラは右手で自分の腹をさする。
その言葉の意味するところは分からない。リスクがあるなら、それを負ってまで死神を狩るのはおかしい気がした。
「何故、僕なんだ?」
「さあねぇ……オレは頼まれて狩ってるだけなんでね。まあ想像はつくけどな……。あんた、妬まれてんだよ」
寝耳に水だった。
了は他の死神とは一切付き合いがない。
友好関係は生まれないが、逆もまた然り。
そこまで関わろうとしないのだ。
「あんたは優秀で真面目な死神だって有名だからなぁ」
「僕が?僕はただ仕事をこなしてるだけだ。僕が羨ましいなら、ちゃんとやればいい」
バクラがわざとらしく肩を竦めた。
馬鹿にするようなその仕草に、了の眉間の皺が更に刻まれる。
「残念だが、オレ様のような不真面目な奴にはそれが出来ねぇんだわ。逆立ちしたって。だから、あんたみたいな真面目な奴が疎ましいのさ」
了は首を傾げた。
やれば良いだけなのに、出来ないとはどういうことなのだろうか。
このバクラが本気になれば、了を凌ぐ優秀な死神になるだろうに。
「あんたは想像以上に真面目ちゃんらしいなぁ」
「余計なお世話だ。会ったばかりの奴に言われたくない」
了はぴしゃりと言い放ち、バクラに背を向けた。
時間の無駄だ。
早く魂を狩って、ノルマをこなさなくては。
しかし、最後に一つだけ聞いておきたいことがあった。
「なんでわざわざ、宣戦布告みたいなことをしに来たんだ?」
本当に命を狙っているなら、黙って狩れば良い。
狩られるつもりはないが、自分ならそうする。
「オレ様は平等主義なんでね。双方の言い分を聞いてやるのさ。言われたまま狩るのは癪だろう?狩るか狩らないかは、オレが決める」
バクラが品のない笑い声をあげた。
耳に残るその笑いを聞いて、問うのではなかったと軽く後悔する。
こいつは自分の手のひらの上で仲間の命を転がして楽しんでいるのだ。
こんな奴のことはすぐ忘れる。
また突っかかってきても、無視をする。
了はそう決めると、下界に向かって飛翔した。
「あんた、面白いなぁ」
天界を離れるその一瞬、聞きたくもない声が届いた。
何が面白いのか、了には分からなかった。
「変な奴」
了がぽつりと呟いた言葉は、ごうごうと鳴る風の音に掻き消された。
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やっとバクラが出てきました(ほっ)。
話しているだけなので、なんだか申し訳ないです。
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