「と……盗賊?」
それだけで説明が足るとは微塵も思わなかったが、今はのんびりと話をしている余裕はない。
今も獏良は暴風を一身に受けているのだ。
傷はたいしたことはないが、早く決着をつけるにこしたことはない。
もたもたしていれば、先程の主人のように精神が囚われかねない。
惑わされない自信はあったが、絶対とは言えない。
床のタイルの隙間に爪を立て、体勢を整えようと試みる。
「……っもう、体力勝負は僕の仕事じゃないだろ」
「やれやれ、代わるかぁ?」
「早く……っ」
主人の目の前で獏良の表情が変わっていく。
まず髪が逆立ち、次に目がつり上がる。
口許には不敵な笑みを湛えていた。
全くの別人のようだ。
バクラは頬についた傷を指でなぞり、眼を細めた。
「大事な大事な宿主さまに傷をつけやがって」
「さっさと代わらないからだろっ」
獏良の罵声すらも愛おしい。
他の誰にも聞こえない、自分だけの声。
「たまには焦らされるのも良いだろう?」
「変態!」
バクラが喉の奥で笑い、床を大きく蹴った。
来る者を拒もうと、風が強さを増す。
いくらバクラに入れ代わっても、肉体的な強さは変わらない。
風に煽られ、身体が宙に浮いた。
と同時に、傍の台座を掴み身体を捻って、骨董品の山の影に身を隠した。
バクラの身体に品物がぶつかり、派手な音を立てて床にぶちまけまれる。
「ちょっと!値打ちのあるものなんだよ」
「そんなの気にしてられるか、よっ」
手近にあった箱を獲物に向けて投げつけた。
向かい風によって、それはなんなく防がれてしまうが、バクラは怯まない。
部屋を駆け、いろんな角度から物を放る。
時には品物の山を乱暴に押し倒し、時には音なく鋭利に攻撃を仕掛ける。
変則的に攻め、獲物を翻弄させた。
「ああああ……」
獏良は頭を抱えていた。
常識外れ、破天荒。
それでも、それがバクラだと分かっているから、口に出して咎めたりはしない。
誰よりも頼れる存在なのだから。
それになにより、目の前の楽しそうなバクラをどうして止められる。
「仕方ないなぁ……好きにしてよ、もう」
雨霰の攻撃にだんだん対処をしきれなくなってきたのか、風が弱まってきた。
心地の良い風を受けているかのようにバクラが髪をかき上げる。
遊戯(ゲーム)の起源は何千年もの昔に逆上る。
占いや儀式に使われていたそれは、時に不思議な力を宿すことがあった。
遊戯は人の心を惑わし、破滅へと誘う。
その力を破るためにはルールに乗っ取って、勝利しなくてはならない。
しかし、この行動は全くのルール違反。
それもそのはず、ここにいるのは遊戯の番人ではない。
ただの一匹……いや、二匹の盗賊なのだ。
バクラは小さな小箱を手に取り、真っ向からボードと対峙する。
二、三回手の平の上で弾ませてから、力一杯投げ付けた。
それを風が難なく弾く。
そして、次の攻撃に備える為に、周囲にくまなく注意を向ける。
変則的な攻撃に慣れてしまった獲物は、まさか、そのまま真正面からバクラが突っ込んでくるとは考えもしなかっただろう。
しなやかな動きでバクラが頭から骨董品の山へ突っ込んだ。
がしゃん
「掴まえたぜぇ」
手放さないように箱をしっかりと押さえる。
「まあ、色々と言いたいことはあるけど……お疲れ様」
「フタ閉めて、悪さ出来ねぇようにふん締まっとくぞ」
乱闘のせいでよれよれになった蓋を、崩れた山の中から引っ張り出した。
「ちょっと待って」
獏良の声に、バクラは蓋を構えたままでぴたりと手を止める。
「む、なんだよ」
バクラの注意が逸れた途端、
ピュッ
箱の中の駒が飛び出し、バクラの顎を打った。
「あだっ!どういうつもりだよ。さっさと終わりしようぜ」
顎を擦りながら恨みがましい視線を獏良に向ける。
「ご、ごめんね。ちょっと代わってくれる?」
主人の視線の先の「獏良」は、表情が和らぎ、静かな笑みを浮かべた。
「あの、ご主人……」
目まぐるしい展開についていけなかった館の主人は、呆然と事の成り行きを見ているだけだったが、
「あ……」
声を掛けられて我に返った。
「僕らの仕事はこれで何もかも終わりますけど、その前に言っておきたいことがあるんです」
獏良はそれまで荒れ狂っていたボードを優しく撫でた。
「双六ではサイコロを振れば、前に進まなければならない。目の数が一だったり、六だったり、そういう違いはある。それによって、止まったり、後退することもあるけど、流れは絶対に止まらない。前に進むしかないんです。もう、過去に囚われたりしませんか?」
獏良の問い掛けを主人はじっくりと咀嚼した。
酷く混乱している。
目の前で起こっていることが分からない。
問いたいことが数え切れないほどある。
それでも、獏良の言葉の意味を考えた。
あの心地よいと感じた幻想。
どれだけあそこに居たいと思ったか。
「ああ、もちろんだよ」
散々熟考したのに自然と答えが口を衝いて出た。
獏良を前にして不思議と迷うことはなかった。
「良かった……。どうしても聞きたかったんです。これで心残りが消えました。変なことを言って ごめんなさい」
「救済業やってんじゃねぇんだぞ。ホントにお人好しだな、お前は」
呆れた口調で憎まれ口を叩くバクラに、
「そんなことはもう充分知ってるでしょ」
優雅とさえ思える余裕の笑みで切り返した。
そして、今度こそ遊戯の幕を閉じた。
その後の私は無残なものだった。
精神的なものもあるだろうが、運動不足だった私の身体はすっかり役立たずになっていて、彼の 華奢な身体に支えられて部屋に戻った。
沢山尋ねたいことはあったが、上手く言葉に出来なかった。
それでも、私がなんとか理解出来たことは、彼がやって来たときに言ったように、休みを利用してよく小旅行に出るということだ。
旅行の目的はコレらしい。
あんな不可思議な物が他にも存在するのかと思うと、まだまだ世の中は広いなと感心してしまう。
彼は目茶苦茶にしてしまった倉庫のことを謝っていたが、私は気にしていなかった。
むしろ、壊してくれたことに感謝をしている。
私のしがらみを解き放ってくれたようなものだ。
これを期に一掃したいと思う。
他にもいくつか話をしたが、私が特に印象に残った彼の言葉がある。
「昔、色々な事があったんです。出来るだけのことはしたけど、事が大きすぎて……何が正しくて、間違っていたのか分からない……。でも、今度は僕自身の手で選びたいんです」
何があったのかは私などが触れてはいけない気がして、問うことは出来なかった。
けれど、あの時あの倉庫で言った彼の言葉は、自身に向けて投げ掛けたものでもあるのだろうと、勝手に判断した。
「ご迷惑をおかけました」
一夜明けて、玄関で彼が深々とお辞儀をした。
昨日の豪雨が嘘のように雨が上がっていた。
彼と分かれるのは惜しいが、仕方がない。
バッグにはあの玩具が太い紐に巻かれて繋がれていた。
どうするのかと聞いたら、玩具の扱いに慣れている知り合いに、受け渡すのだという。
あれがあれば、また夢の世界へ行けるのかもしれないと思うが、もう未練はない。
大丈夫だと、確かに彼に言ったのだ。
「では、失礼します」
ふわりと髪をなびかせて、彼は林道をゆっくりと去っていった。
いつの間にか、空を覆っていた厚い雲が切れ、暖かな光が洩れていた。
気分が良い。
あんなに慌ただしい一日だったのに、ただ漫然と過ごすよりも、よっぽど休養になった。
どんどん小さくなる「彼ら」の背中を私はずっと見ていた。
彼らはこれからも歩んでいくのだろう。
これからも、ずっと……。
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捏造をところどころぼかしたり、出してみたり微妙すぎる加減です。
あんまり堂々とやってしまうのも気が!
まとめて表に出してみるか迷ってたんですが、数人の方に後押ししていただいたので載せました。
怒られないか心配です;こういうのは