*この話は『ある雨の日に』の続きにあたります。前回と同様に原作捏造話なとんでも設定です。
「遊戯王」とは一切関係ない人も出てきたりします;それでも、大丈夫な方は↓へドウゾ
獏良了は相変わらず一人暮らしを続けていた。
両親とは数年前の事件をきっかけに不和が続いていたが、現在では和解して健全な親子関係に戻っている。
今でも一人暮らしをしているのは、父親の仕事上の都合に他ならなかった。
元々は童実野美術館のオーナーに就任し、引っ越すつもりでマンションの一室を買い取ったのだから、そう遠くないうちにまた家族で暮らすことになる。
獏良は残り少ない自由な時間を楽しんでいた。
童実野高校を卒業してから遊戯たちと会う機会は少なくなってしまったが、時間が合えば顔を見せに行くようにしている。
町内デュエル大会に赴けば懐かしい顔に出くわすこともある。
短い間だったが、共に多くのことを経験してきた。
簡単には失くならない絆がそこにあった。
机に向かいながら時折ペンを休めて、エジプトに行ったときの友人たちと撮った写真を眺めるのだった。
忘れられない思い出。
それがそこには詰まっていた。
忘れられるものか。
「ふあ……」
目を擦ってから、こめかみの辺りをとんとんと叩く。
近ごろ夢見が悪くて睡眠不足気味だった。
ほとんどの夢がそうであるように、どんな夢だったのかは覚えていないのだが。
雑念を追い出すように首を捻り、再び獏良はノートにペンを走らせた。
後日、獏良は大学からの帰り道を軽い足取りで大通りを抜けていた。
自宅にこもって地道に課題に取り組んだ甲斐あって、なかなか良い評価をもらえたのだ。
心が弾んでいると、まるで翼が生えたように不可能なことはないと思える。
童実野町に来てから一度も通ったことのない小道に気の赴くままに足を踏み入れた。
近道になるかもしれないし、行き止まりになる可能性もある。
思いもかけない発見があるかもしれない。
宝探しに似た期待感が獏良の中に広がる。
どんな発見も逃さないように、左右をきょろきょろと見回した。
良いことがあったら、もう一つ何か嬉しい出来事があるのではと期待するのが人情だ。
だから小さな玩具屋を見つけたとき、普段なら何とも思わないところだが、今日ばかりはついてるぞと獏良は小さなガッツポーズを作った。
玩具屋といっても、木馬や風鈴などの、どちらかといえば置物に近い品物ばかりが雑多に並んでいる。
来たことはないのに、懐かしい雰囲気が漂っていた。
薄暗い店内を隅から順々に見て回る。
ゼンマイ式の人形を動かしてみたり、奇怪な形の砂時計をつついてみたり……獏良の興味は尽きなかった。
たっぷりと時間を使って店内をすべて見終わった後、一番奥のカウンターに向かった。
手にはカラフルな模様のついた小さな独楽が二つ。
どうしても欲しいという品物ではないが、自分好みの店を見つけた証が欲しかったのだ。
カウンターに人はおらず、奥に向かって呼び掛ける。
「すみませーん」
「はいー」
店員が現れるのを待っている間、自然とカウンターの回りに視線を送る。
視界に映った木製の置物が一際輝いて獏良の意識を釘付けにする。
それは鳥を模した流線型と球の部品に分かれている木製の玩具だった。
「お気に召しましたかな?」
突然話しかけられて、獏良はびくんと身体を震わせた。
店員らしき老人が穏やかな笑みを浮かべて立っていた。
「ちょいと突いてみなさい」
言われたとおりに指でつつくと、流線型の部品が振り子のように左右に動き、球を打ち始めた。
規則正しく何回も何回も。
永久に続くような調べが無音の店内に響く。
コン コン コン コン
「これもください」
玩具を見つめながら、気付けばそう言っていた。
家に帰ってから、リビングルームのテーブルに買って来たばかりの玩具を置く。
その性質は振り子のようだが、ししおどしに似ているような気がする。
魔除けに使われるものなのだろうか。
指で弾き、その一定な音と動きを楽しんだ。
コン コン コン コン
次の日も。
また次の日も。
そのまた次の日も――。
用があるときを除いて、家の中に閉じこもって玩具を眺めている生活が何日か続いた。
外に出ても上の空で、友人たちに話しかけられてもまともな返事を返さない。
獏良は無心に玩具を見続けた。
コン コン コン コン
腹が減っても離れがたく、ふらふらになるまで動かない。
音を聞いていると思考が奪われてゆく。
当の獏良に危機感は微塵もなかった。
ずっとこうしていたい。
心地のよい時間の流れに埋もれていった。
コン コン コン コン
もうどうでもいいや。
そのうちに何もしなくなって、指一本動かさなくなるのではないだろうか。
ときに意識が混濁し、夢か現か分からなくなってくる。
木の乾いた音だけが鮮明だ。
ぼやけた視界の中で、最近よく見るようになった夢を思い出した。
聞き覚えのある声が何度も何度も自分の名を呼ぶ夢。
あれ、誰だっけ?懐かしい。
「――なに……だ……しっ」
ぐわんぐわんと周りの空間が回っている感覚。
夢か現か。
「……やっ……だや……っ」
声と音とが重なり合う。
うるさいな。
音が聞こえなくなっちゃう。こんなに綺麗な音色なのに。
「……を……せっ」
あれ、うるさいのはどっち?どっち?
音と君の声。
「目を覚ませッ!」
頭、顔、背中――どこかは分からない。
思いきり平手を受けた気がして、獏良はその場にへたりこんだ。
頭の中の靄が急に晴れた。
「こんなもんに惑わされてるんじゃねーよ」
獏良は目の前に仁王立ちで自分を叱咤する姿を認めた。
まさか。そんなはずはない。
この際、幻だって構わない。
その姿に縋って、名を呼んだ。
「バクラッ!!」
突然現れて、何も言わずに目の前から消えていった。
博物館で目が覚めたあと、事の顛末を聞かされても受け入れられなくて、もう一人の遊戯との別れに立ち会うことでようやく理解した。
もう二度とバクラは現れないと。
獏良の中にきちんと決着が付けられなかったことで昇華しきれなかった様々な想いが、数年経った今でもずっと渦巻いている。
このまま後悔したままで生きていくのかと思っていた。
もし、猶予が与えられていても何が出来たのか、何がしたかったのかはいまだに分からない。
今は頭より先に身体が動いていた。
「バカ……なんでお前、消えちゃったんだよ」
肩を震わせて、感情任せにバクラを責めた。
バクラはそっと獏良の顔に手を伸ばした。
「なんて顔してんだよ。おまけにやつれてるしよ。オレ様が認めた宿主サマはんなヤワじゃねえだろ?」
久々に聞く憎まれ口に、獏良の顔に強気の色が浮かぶ。
「お前に認められたいなんて言った覚えないけどね」
不敵に笑うのと同時に、全身を緩い電気のような感覚が走る。
そうか、僕はたぶん……。
「話はあとにして、久しぶりだが身体借りるぜ」
言うが早いが、身体をバクラが支配していく。
「ほんと自分勝手なんだから」
抵抗せずに身体の操縦権をバクラに渡した。
バクラはゆっくりと手を握ったり閉じたりして、身体を隅々まで動かせることを確認する。
久々の感触。
「いいぜえ。相変わらずイイ身体してるな。惚れ直すぜ」
「バカ」
身体が衰弱しているせいもあるが、玩具から影響で身体が重い。
バクラは一呼吸置いてからヘソのあたりに力を入れ、身体を玩具の支配から解き放つ。
幾分か身体が軽くなったように感じる。
「さて、人の宿主に手ぇ出してくれた礼をしなきゃな」
コン
振り子が大きく跳ねる。
バクラが手をかざすと、狂ったように木製の鳥が暴れだし、不協和音を奏でだした。
穏やかとも云えた振り子の演奏は見る影もない。
まるで抵抗してるみたいだと獏良は思った。
それは耳を塞ぎたくなるような金切り声。
バクラはそれを気にも止めずに、激しく打ち付ける鳥の形をした振り子を素手で掴んだ。
諦める様子もなく、手の中でも暴れている。
振動が爪先まで響く。
少しでも力を緩めたら、手から弾け飛んでしまうだろう。
手が焼けかねない摩擦力だ。
振り子を抑えられたとしても、今度は土台が暴れだす――そう思えた。
開いている左手を握り締めていた右手の上に乗せる。
「もういい加減におとなしくしやがれッ」
そのまま気を手の中へ一気に叩き込んだ。
びくりと大きく震えたかと思うと、今までのことが嘘のように動かなくなった。
玩具から離した掌は擦れて赤く染まっていた。
「あとはふん縛って、もう悪さ出来ないようにしときな」
「う、うん……」
身体の自由を取り戻した獏良は、厳重に包装紙で玩具を包んだ。
「なんで……お前がここにいるの?」
尋ねたいことは沢山あったが、何よりもまず聞かなければならなかったのはそれだ。
遊戯たちの話ではバクラは消えたということだし、千年リングは地中深く埋もれてしまった。
ここにいるはずがないのにどうして?
「ん……」
後ろ頭を掻きながらバクラは遠くを見つめた。
自分でもまだ頭の中の整理がついていない。そんな様子だった。
「冥界に逝ったんだろあいつ……」
「うん……」
遊戯たちの最後の決闘を思い出すと今でも胸が熱くなる。
あのとき以上のデュエルは生涯見ることはないだろう。
「……」
バクラは何かを口に出そうとしたが、言葉にならずにそのまま押し黙った。
その様子を獏良も黙って見つめていた。
何となくではあるが、バクラの心情を察することが出来た。
三千年もの時を彷徨い、追い続けた宿敵が消えた喪失感。
きっと言葉で表すことは出来ないのだろう。
二人の間に沈黙が流れる。
「オレは負けた」
その言葉には感情はなかった。悲しみも憎しみでさえも。
ただ事実を述べただけ。獏良がそっとバクラの表情を窺うと、憑物が落ちたような涼やかな顔をしていた。
初めて見る顔だ。
「舞台を万全に整えて、ヤツに挑んだ」
「どう見ても有利だったのに、大惨敗したそうだね」
舞台となった壮大なジオラマを作ったのは獏良だ。
皮肉の一つも言いたくなって思わず呟いていた。
「そうだな。惨敗だ。素直に負けを認めるぜ」
意外にも言い返すことはしなかった。手を挙げて降参のポーズを取る。
「そうなったときはあの世とやらに送られるか、運が悪きゃ消え去るところだったが……」
バクラは獏良を見つめて悪戯っぽく笑う。
「どういうわけか意識の一部がお前の中で眠ってたようだな。未練でもあったのかねえ」
獏良の頬が赤く染まる。
「アレがきっかけでどうやら起こされたようだな」
動かなくなった振り子を顎で指した。
「なんなのあれって」
「よくは分からないが、見た目よりずっと古い代物だぜ。そういうのは変な力を宿すからな。特にお前は変なモンを呼び寄せちまう体質だからな。気をつけろよ」
そう言って、獏良に向かって歯を見せて快活に笑う。
「やっぱり居眠りしてるうちに変わったね、お前」
――こんな顔も出来るんだ……。
真正面から見つめ返すことが出来ずにいた。
獏良のそんな心境を知ってか知らずか、
「さっき未練があったって言っただろ」
額をこつんとぶつけるようにバクラは顔を近付けた。
「お前の中にオレ様がいるってことは、お前にも少なからず原因があるんだぞ。離れたくないとか思ってたのか?」
「なに言ってるんだよ。自惚れすぎ……」
髪の間から覗くバクラの目が言葉とは裏腹に真剣だったので、毒を吐きつつも心が疼いた。
以前のように乱暴な扱いをされるなら、今まで抱いてきた迷いも後悔も全て捨てられる。
けれど、バクラの眼差しは記憶にあるそれよりもずっと柔らかい。
――あまり優しくしないで。優しくされたら僕は……。
言葉を交わしている中で溢れた感情、そして今も獏良の中で燻っている想い。それらのすべてから答えが出ている。
「……そうだよ。だってお前、僕に何も言わずに……全部何も言わずにいなくなっちゃったじゃないか」
震える手で顔を覆う。
こんな情けない顔を見られたくなかった。
それと同時に、自分は泣きそうなんだと初めて気付いた。
「ずっと会いたかった」
――そう、僕はお前のこと……。
「好き……。ズルいよ。僕にばっかりこんなこと」
「ん、悪かったな」
バクラは何度も獏良の頬や首筋にキスを落とした。
触れられないはずなのに、キスをされた場所がどうしても熱く疼く。
獏良は顔を真っ赤に染め上げてバクラを睨む。
「今のオレにはお前しかいないんだぜ」
「うん?」
「可愛くてたまらないって言ってんだよ」
言うが早いか獏良の唇を突くように奪った。
「なにそれ」
口先ではバクラを非難したものの、やがて耐え切れずにプッと吹き出した。
「ばかみたい。アハハ!」
そして、愛しげにバクラをぎゅっと抱きしめた。
「いま分かったよ。僕は嬉しいんだ。もう一度お前に会えて。嬉しい」
綻んだ獏良の顔は久しく見なかったほどの輝きを見せていた。
一方のバクラは照れくさそうに獏良を抱きとめていた。
「オレ様もだ」
小さくそう唇が動くのを獏良は聞き逃さなかった。
自然と身体が離れるまでお互いに身を委ねて二人は一つになった。
「ずっとこうしたかった」
数日後、獏良は大きなボストンバッグを携えて町中を急いでいた。
あの玩具の処分を専門家に頼むためだ。
バクラはあれからずっと獏良の中にいる。
前の生活が一度に戻って来たようだった。
一つだけ違うのは平穏であるということ。
バクラは無茶な行動をしなくなった。する必要もないのだろう。
些細な喧嘩はしょっちゅうするが、その方が健全だと言える。
「なるほどなぁ。冴えてるぜ宿主さま」
獏良が向かった先は、遊戯の家だった。
遊戯の祖父、武藤双六はゲーム屋の店主であり、骨董品のような古い玩具のことにでも精通している。
「こんにちはー」
戸を開けると昔から変わらない空気が出迎えてくれる。
「お、おおお。久し振りじゃのう獏良くん」
店の奥から双六が人懐っこい笑みを浮かべて現れた。
「お久し振りです。お変わりなく元気そうで何よりです」
「あー……しかし、いま遊戯はいなくてのう」
もしかしたら、遊戯に会えるかもしれないと期待していたので、少しだけがっかりしたが、気を取り直して、
「今日はおじいさんに頼みごとがあって来たんです」
話を切り出した。
ボストンバッグから包みを取り出す。
振り子の玩具を目にすると、双六の顔が真剣さを帯びた。
「これは……何処で手に入れたんじゃ?」
口調は優しいが、いつものひょうきんな振る舞いは鳴りを潜めている。
「何処にでもある普通の玩具屋で売られてました。買ったは良いですけど、僕の手に余るような気がして、おじいさんに見てもらいに来ました」
「ふむ……」
双六はルーペを使って玩具の子細に調べていたが、やがて顔を上げた。
「これはワシが預かろう。人の手に渡らないようにしっかりと見張っとくわい」
「ありがとうございます!」
つまらなそうにしていたバクラに視線を向けて、そっと獏良は微笑んだ。
「これは一体何なんですか?」
バクラにもした質問を今度は双六に投げ掛ける。
「ルーツは恐らく鳴子のようなものじゃったんじゃろう。良くないものを追い払うための玩具のはずが、長い時を経て逆の性質を帯びてしまったようじゃ。
ゲームの歴史は古くてのう。この世には信じられない力を持ったゲームが存在するんじゃ。これもそのうちに一つじゃろう。中には天変地異を引き起こしたり、人の命を操ったりするものまである。
人の身には過ぎた力かもしれん。君もよく知っていると思うがの」
思慮深い眼差しで語られる話を聞きながら、獏良は唇を真一文字に結んだ。
「お前ずっとつまらなそうだったね」
「じーさんの話なんざ興味ねえ」
用事が済んだ後も双六の世間話に付き合わされ、帰る頃には日が沈みかけていた。
「失礼なこと言うな」
バクラをたしなめた後、
「僕は興味深かったな」
ぽつりと獏良が呟いた。
「おじいさんの話……」
双六の話を聞いたときから、獏良は心に決めていたことがあった。
横に並んでいたバクラの方を向き、
「僕、不思議な力を持ったものを探すよ」
大きな瞳を輝かせて言った。
「は?」
突然のことにバクラは口をぽかーんと開けて言葉を失う。
「おじいさんが言ってたじゃない。考えられないくらいの力を持ったゲームがあるって。命を操ることも可能だって」
色白の顔が興奮によって薄桃色に染まる。
「それってさ、お前のこともどうにか出来るんじゃないかな。遊戯くんだってそうしたんだ」
「バカ言うんじゃねえ!簡単に扱えるもんじゃないんだぞ。もう千年リングだってないんだ。お前を守りきれる自信はない」
息を巻くバクラをそっと手で制す。
「僕を誰だと思ってるの?お前の宿主だよ。これでも場数は踏んでるさ。それにね、僕がしたいの。お願いだからさせて」
これが数年かかって出した答え。今はただバクラの力になりたかった。
意志の強い瞳を前にバクラは大袈裟に溜息をついた。
「しょうがねえなあ。意外と頑固だしな……。危ないときはオレ様が守ってやるよ」
「ありがとう」
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「ある雨の日に」の続き…というか前日譚になります。
書いてみたかったので、また実験的に書いてみました。
こういう補完話(?)みたいなのも気が引けますので…私の勝手な妄想だと広い目で見てあげてください。
こういうのが私の理想なのかな…。ちゃんと二人のことを解決させたいんですよね。
裏に載せてたんですが、ちょっと足したり、ざっくり削除してます。ラブラブなところを特に(笑)。